この星降る夜に、願いを。



6. 紫色の霧の中で渦巻く雲。


「痛い、痛い、痛い!」
「そうだろうな」

 まったく、にべも無い答えである。
 あたしは患者なのよ。もっといたわって欲しいのっ。
 そう思ったところで、あたしの思考はピタリと止まった。……ひょっとしたら、もしかして、あたしは本当に女の子扱いされてもいなければ、患者とも思われていないのかもしれない。大体、スカートを無理矢理捲ること自体、もう女の子扱いしてないわよね、絶対……。
 そうやってしばらくの間、あたし達は無言でいた。シャルルは、あたしに何も言うことがないのか、ずっと黙ったまま手当を続けている。でも、その沈黙を破ったのは、他ならぬシャルルだった。彼はスカートを元に戻すとあたしを正面から見据え、静かに口を開いて言ったのだった。
「顔を上げろ。消毒が出来ない」
 と。……ああ、一応、患者としては見てもらえているのね。すっごく偉そうだけどっ!
 多少の不満はあったけれど、あたしは大人しくシャルルに顔を差し出した。けれど、顔と顔との距離がもの凄く近いものだから、何だか自然に顔が移動していくのよ。最初は眼だけをそらせるんだけど、その後どうしても顔が一緒について来ちゃうのよねえ……。
「オレに手当されたくないなら、そう言え」
 それを繰り返すこと数回目、不愉快だと言わんばかりの顔付きで、シャルルはあたしから距離を置くと、椅子に深々と腰かけ、冷ややかな眼差しで睨んできたのだった。
「そ、それは誤解よ。きちんと手当してもらいたいんだけど、顔がいうこと聞かないの!」
 切々とそう訴えかけていると、突然、顎に手をかけられて顔を固定された。訳が分からず驚いているあたしに向かって、シャルルがにこりともせずに口を開く。
「これでもう動けないだろ」
 言って、ようやく手当が出来ると言わんばかりに、シャルルはテキパキと手を動かし始めたのである。その様子を黙って見ていると、あたしはどうしてもドキドキせずにはいられなかった。だって、さっきよりも顔と顔との距離がすごく近く感じるのよ。これでドキドキしなかったら、女の子じゃないっ。
 でも、シャルルは一向にそんなことを思わないのか、あるいは構わないのか、とにかくどこまでも事務的に手当を進めるばかり。無駄な話も一切なし。しょうがないから、あたしは目の前にあるシャルルをじっと見つめるしかなかった。だって、眼をそらせると顔も一緒に動いちゃうんだもの。いいわよね、見つめるくらい。
 そうやって密かに下心を隠して、シャルルに見入ってしまった。シャルルの長い髪は艶やかに流れていて、とてもやわらかそうな感じがするのだ。そこにブラインドからこぼれる日の光が当たれば、その輝きは一段と濃くなる。同色の睫の間からは、青灰色の真剣な瞳。透けるように白く、美しいカーブを描いた頬に、綺麗な薔薇色の唇……。
 そして、触れているから伝わる、温かさ。

「――シャルル、あたしにキスされたい?」

 わっ。ち、違うのよ! そんなことを言うつもりじゃなかったのっ。本当は、ただ、あたしもシャルルに触れてみたいなと思って、触れてもいいか聞いてみるつもりだったの!!
 けれど、しまったと思った時にはもう遅く、訂正しようとした時にはもう手遅れだった。シャルルはキラリと眼の色を濃くしてあたしを見つめたまま固まると、心の奥まで見通そうとするかのようにその眼力を強めていったのだ。
「あの、シャルル……」
 視線に絶えられず、あたしが彼の名前を呼んだ、その時だった。
 叫ぶ間もなく、あたしはシャルルに抱えられ、脇にあった黒革のソファの上に押し倒されていた。反射的に逃げようとして体をひねると、顔の横にシャルルの腕が下りてきて、逃げ道を塞ぐ。もちろん、起き上がることなんて出来やしない。恐る恐る顔を正面に向けると、シャルルの絹糸のような艶やかな白金の髪が一房落ちてきて、月の剣のように鋭い光を放つ瞳がすぐそこに迫っていた。そんな魅惑の化身みたいな彼が、低く、囁く。
「オレに抱かれたい?」
 そう言いながらシャルルは距離を縮めると、すでに捲れていた服の裾に手を差し入れ、あたしの肌に触れてきたのである。あまりのことに抵抗することも忘れ、信じられない思いでシャルルを食い入るように見つめていると、その手がゆっくりと動き出し、服が大きく捲り上がって、とうとうウエストの半分が露出されてしまった。


 ――やばい。





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