この星降る夜に、願いを。



5. 燃えるように咲き乱れる花々。


「あ、あの、シャルル、お手洗いは、どこかしら?」

 かなりのぼせた様になりながら、あたしは何とかシャルルから教えてもらったトイレに辿り着くことが出来たけれど、そこで見た衝撃の事実に、あたしはそのまま帰りたくなった。彼にこの惨状を見せていたのだと思うと、さらに血の気が引く思いだ。……ああ、実際、いろんな箇所から血が出ているのか。引くんじゃなくて、溢れ出してるのよね、あたしの場合。鏡で見た自分の傷に動転してしまったわよ、まったく。
 傷は、両腕の側面と手の甲を少し。それから左頬。顔の方は腕よりも酷くはなかったけれど、それでも滲み出る血の後が痛々しい。確かに、眼鏡をかけなくて正解だった。
 あたしは嘆き悲しみながらトイレを後にし、火照った頬を冷まそうとする当初の目的を予想以上に上回ったことを憎々しく思いながら、それでもしっかり傷口をサッと洗い流して、彼と別れた場所まで戻ってきた。けれど、その肝心な彼の姿がどこにもない。あたしは急に淋しくなって、他人の迷惑も顧みず、大声で彼の名前を叫んでしまったのだった。
「シャルル――!!」
 けれど、あたしの声は白い壁に吸い込まれていくばかりで、返事はどこからも聞こえない。それでも何回か呼び終えた時、あたしは急に後から声をかけられた。苦情を言われるのではないかと思ったあたしは、振り返り様、身を小さくしてその人に頭を下げて謝ってしまったのである。
「ごめんなさい!」
 もう、ここまで来るとほとんど反射的。
 けれど、その人は軽く苦笑いしただけで、右手を上げ、廊下の奥を指差した。
「シャルル」
 どうやら彼のいる所まで案内してくれるらしいことに気付いたあたしは、顔面の傷を気にしながら、大人しく彼の後について行った。後で聴いたところによると、その人は、あまりにもうるさく叫び続けるあたしに嫌気をさしたシャルルが寄こした案内係だということで、研究の邪魔をしたあたしに嫌な顔ひとつみせず、親切にも案内してくれた彼に、あたしは頭が下がる思いだった。


「どうして、あの場所にいてくれなかったのよ」
 あたしが不満をそのまま口にすると、彼は消毒液に浸けておいた脱脂綿をあたしの腕に押し当てながら、厳しい目つきでチラリとあたしを見、物憂げに答えた。
「研究室の場所ぐらい、覚えていると思ったんでね」
「うっ」
 傷口が浸みるのか、彼の嫌みが痛かったのか、あたしはぎゅうっと顔を歪めた。自然に、彼に握られている腕にも力が入る。
「これくらい我慢しろ」
 そう言われて、シャルルの手から逃れた腕を恐る恐る差し戻せば、容赦ない彼の消毒地獄が待っていた。くっ……、これで我慢しろっていう方が無理。しみるのよ、ばかやろう。
 ひょっとしてわざとやっているのではないかと彼を盗み見たが、あたしをからかっている様子も、遊んでいる様子も見受けられない。うーん、あたしの思い過ごしかしら……。
 ふと安心した途端、視線を下げていたシャルルから、感情の読み取れない声音で話しかけられた。その間も、ずっとシャルルの手は止まることはなく、テキパキと次の作業へと移っていく。
「脚は?」
 ――あし?
 はて、どうかしら。ズキズキするけど、大したことないと思うのよね。
 それであたしは、軽く頭を振りながら答えた。大丈夫よ、と。けれど、シャルルは腕に巻いたガーゼをテープで留めると、有無を言わさずに、あたしのスカートを膝上まで捲くし上げたのよっ!
「……っ!!」
 そうしてあたしは思わず、声にならない声を上げてしまったのだった。
 いえ、恥ずかしいからじゃないの。それもあるんだけれど、それ以上に、予期していなかった痛みが走ったからなのよ……あたし訂正する。全然、大丈夫じゃないっ!
 あたしは反射的にシャルルのシャツを掴んでいた。皺になるだなんて、考えていられずに。その痛さのあまりかなりぐいぐい引っ張っていたけれど、不思議と文句は言われなかったので、あたしはそのままシャツを握りしめていた。





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