真昼の夢の




 まだ肌寒いその日、薄紅色のカーディガンを羽織り、片手に本、そして小型ラジオを持ってその温室に足を踏み入れた者がいた。花々の芳香に包まれながら細いアーチを抜けてきた彼女は、手前にあるオジギソウの葉に指をちょんと置き、葉が閉じるのを確認すると満足そうにニッコリと笑った。
 そうしてまっすぐソファの所まで歩いて荷物をテーブルの上に置くと、ラジオのスイッチを入れた。途端に、そこからノイズ交じりのクラシカルな音楽が流れ始める。
 彼女はチャンネルを他に合わせようともせず、ゆったりと読書の姿勢に入った。その本を原作として、彼女は新しい仕事を始めるつもりだ。  芳香のあるクチナシやジャスミン、ラン科の植物から芳香のないサボテンなど、植物や木々はそんな彼女を受け入れ、見守っている。音楽に身を委ね、時折静かに空調に葉を揺らせるのだ。そしてその度に、彼女の元には優しい土や葉、花の香りが届くのである。

 彼女は始め、誰にも邪魔されない空間を探してここに辿り着いたのだが、今では天気が良ければすっかり居着いてしまっている。時には、長く艶やかな金の髪を持った彼女の友人とお茶を飲んだり、お菓子を食べたりと、ささやかな時間をそこで一緒に過ごすこともあった。

 ――けれど、今日は彼女ひとり。

 どういう訳か、いつにもまして穏やかな時間が流れている。ラジオから流れるリズムが心地よく、遠くで鳴っているような気がしてきた。文字がぼやけて見え、意識が遠のいていく感覚。瞼が自然に下がってこようとしている……。
 彼女は頭の隅でもう駄目だと悟ると、そこからあっという間に心地好さの中に落ちていった。





back  next



inserted by FC2 system