生徒会長と書記



 決して真新しいとはいえない校舎に、愛着を持つ生徒はどのくらいいるだろう。真っ直ぐ伸びる廊下からは、中庭に植えられている名前も知らない木々が見える。青々と生い茂る木は、自分達よりもずっと前の生徒である卒業生達が植えたものだろう。
 放課後ということもあって、運動部の独特の掛け声や、吹奏楽部の様々な楽器から流れる練習音、用事もなく残っている生徒たちの笑い声……そういった音が、緩やかに校舎に流れている。その中で異質なのは、ひとりの教師による叫び声だった。生徒会室のななめ上、理科室から聞こえるその声の持ち主は、美術教師のマリナ先生だ。
 何故、美術教師が理科室にいるのかという疑問は、放課後の七不思議のひとつであるが、その謎はあっさりしたものだった。生徒会顧問のカミルス先生によれば、「描写に執拗な執念を燃やすマリナ先生が、生物のシャルル先生に体の構造について学んでいる」というものだった。しかし、それで何故、マリナ先生が叫ぶことになるのか、更に謎は深まったが……。
「いいんですかね、放課後の特別教室で妙齢の教師がふたりっきり。全校生徒の注目の的ですよ」
 眼鏡を押し上げて顔を上げた書記は、年齢にそぐわない言葉使いをする。フッと思わず笑みをこぼした生徒会長は、窓を見上げながら明るく言う。
「こんなに筒抜けじゃあ、何にも出来ないだろ。マリナ先生はみんなから愛されてるからね。学校じゃあ、手も足も出せないよ。僕はシャルル先生に同情するね」
「会長もマリナ先生争奪戦に参加されるんですか? 今のところ、下馬評ではシャルル先生が優位ですが。――しかし、先生と生徒というのは昔からよくある話ですからね。一気に人気が上がると思いますよ」
 不敵に笑う書記に、生徒会長は苦笑いした。
「いや、僕は、カミルス先生にひと口乗ってるから」
「……会長、偶然ですね、僕もです」
 この時ばかりは、ふたりとも、年相応に無邪気に笑い合った。
 授業を受けているだけではわからない、先生の好いところを、他の生徒達よりも知っている。かなり個性的なこの生徒会メンバーの信頼を、秘かに得ているのはカミルス先生だけだろう。
「他のメンバーも、きっとカミルス先生押しですよ」
「だな。……生徒会はアルディを敵に回す訳だね。うん、素晴らしい学園生活を送れそうだ」
 日常に生徒会が介在するのは難しいが、非日常という盛り上がる雰囲気――文化祭などの時には、漏れなく邪魔が出来る。
 もちろん、他の参加者の邪魔をするつもりはない。シャルル先生のみを接触できないようにすればいいのだ。その際、ほんの少しだけカミルス先生を優位に出来ればもっといい。後はもう、本当に当人達次第だ。






back  next



inserted by FC2 system