家庭教師と生徒



 とあるレトロなアパートで、妙な緊張感を漂わせながら、ジルの友人でもあり、今は生徒でもある女性が黙々と手を動かしている。些か指先に力が入り過ぎている感はあるのだが、抜けと言われたところで感覚がわからないのだから、注意しても余計に混乱するだけだろう。
「ねぇ、ジル、今、あたしいくつ編んでるんだっけ……?」
「目が合わないんですか? ……あ、ここ、抜けてますね」
 如何にも清楚という言葉が似合いそうな彼女に編み物を手渡すと、その見事な手捌きにマリナはうっとりと見入った。自分には絶対に出来ない、遥かに懸け離れた技術だ。
「日頃のお礼として手作りのマフラーをプレゼントするなんて、マリナさんもようやく女の子らしくなってきましたね」
 ニコニコと、我がことのようにうれしそうに微笑む友人家庭教師に、マリナは途端に憮然とした表情をして、「上手いこと誘導したのは誰よ」とぼやいた。渋々とはいえ、体の構造などを丁寧に教えてくれるシャルル先生に感謝していると漏らしたら、いつの間にかこういうことになっていたのだ。それでも、隣に座るジルの笑みは崩れない。
「いいえ、それでも一生懸命やっているのですから、充分女の子ですよ」
 真面目にそう言われれば、マリナは途端に面映ゆくなり、顔を熱くした。彼女は座っていたソファから数センチ浮遊したような気持ちになりながら視線を泳がせていたが、ピタリと、ある一点でその動きが止まった。
「あっ、ねえ、そう言えばあたし、ジルにもプレゼント用意しないと! そうよ、思い出したわ!」
「……何ですか、突然」
「だって、クリスマスは用意できなかったでしょう。でも、これが終わった後に始めれば、今のこのスピードからいって、5月には間に合うじゃない!」
 暖かくなっている頃だから、ストールかしら等と、マリナは勝手に盛り上がっている。けれど、ここまで編むのにもやっとのマリナが、ひとりでストールなど編めるはずがない。そこにはもちろんジルの存在が必要なはずなのだが、そうするとプレゼントという意味が薄れる。
「それは……プレゼントというのでしょうか?」
 戸惑い気味にジルが問うと、マリナは少し悩むように眉根を寄せた。
「そうね、プレゼントじゃなくなるかもしれないけど、もらってくれる? ……あたし、もう少しジルと一緒にこうしていたいのよ」
 と、マリナはそんな我儘を少し照れながら、ニッコリと笑って言ってのけた。
「――ええ、いいですよ、プレゼントをシャルルに届ける時に私もご一緒していいなら。絶対に受け取らせてみせますから。そう決まれば、プレゼントする日は2月14日にしましょう!」
「えっ、よりによって何でその日なの!?」
「あら、シャルルの誕生日の方がいいんですか? それはそれで構いませんけれど」
「…………いいえ、すみません先生、2月14日でいいです」






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