コンビニ店員と客



「なかなか帰って来ないと思ったら、こんなところで何をやってるの、マリナちゃん?」

 通り沿いに面した大きな窓からは、夜の闇に溶けるように浮かび上がる街灯りが見える。ゆったりと歩く人の流れが、ここは日本なのだと伝えているようで、何だか妙にホッとする。店内に流れるラジオに耳を傾ければ、軽快なトークが流れている。意図しなくても聞き取れるということに感動していたのは、つい先日のことだ。
 ちょうど半月前にフランスから一時帰国したあたしは、日本にいる友達と会ったり、ひとりでのんびり過ごしたりと、自由な時間を快適に過ごしていた。友人に頼まれて、このコンビニの助っ人に入るまでは……。それからはもう、コンビニでアルバイト三昧の日々を送っている。
 ――あれっ、あたし、アルバイトしに日本に帰って来たんじゃないんだけど……。
 おっかしいなぁ、と思いながら、お金とお弁当の魅力には抗い難いのが、人情ってもの。それでうっかりと半月も経ってしまったんだけれど、その間、フランスに全然連絡を入れなかったあたしじゃない。ちゃんと近況を報告していたのよ、ジルに。
 ああ、もうっ、それなのに、どうしてこんなところにパリが誇る美貌の持ち主がいるのかしらっ!?

「お、お客様、こちらの商品は温めますか……?」
 あたしは顔を引きつらせながら対応せざるを得なかったけれど、シャルルは相変わらずの読めない微笑を浮かべながら口を開いた。
「君が温めたいのなら」
「こ、こちらの商品はどうしますか?」
「君がどうしても温めたいというのなら」
 ――わーんっ、もう、あたし、対応しきれない!
 突っ伏してしまいたいと思いながらも、何とかそれをこらえ、他のお客様がいないことを確認して、あたしは大きく息を吸った。
「どーしてあんたが、日本の、それもこんな小さなコンビニにいるのよっ!?」
 そう言うと、シャルルはその上品な微笑を少しだけ緩め、首を少し傾けながら答えた。
「君を買い取るために。君はいくら払えばフランスに戻って来てくれる?」
「………時給800円のお弁当付きなら」
「わかった。それに、お茶とおやつも付けよう。――よし、交渉成立だね」
 そう言ってシャルルはようやく花開くようにやわらかく微笑んだ。
「ああ、その前に、マリナちゃん、淋しくて凍えてしまったオレの心も温めてくれる?」
「温められませんっ!!」




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