メイドとご主人様



 ――ふわり。
 水色のスカートが風を孕んでふくれ上がった。白いブラウスが光を跳ね返して、白く、眩しく映る。シャルルは先程まで自分がしていたネクタイを彼女の首に巻き、満足そうに微笑む。
「今日はこれが君の目印だから、絶対に外さないように。いいね?」
「はい」
 廊下の窓から、庭から心地よい風が吹いていた。


「お茶を」
 シャルルがそう言えば、「はい」と言って用意するのが自分の役目。葉っぱを入れて、お湯を入れて、時間を置いて、注いで。それから静かに彼の前に出す。それが、自分の役目……のハズ。なのに、この待遇はなんだろう? マリナは、目の前の光景を見ながらそう思った。
「――ねぇ、聞いてもいいかしら。あたし、今日一日はあんたのメイドだったわよね?」
「そうだね、麗しいメイドさん」
「……だったら何故、あたしもあんたと一緒にお茶してなきゃいけないのっ!?」
 グルグルと白茶色の液体を勢いよく混ぜながら、マリナが憤った。小さなケーキまでついてきていて、これでは何ら普段と変わりないと、自分の主人に訴えたのに、当の彼は涼しい顔をしている。
「大丈夫。君にはこの後きちんと仕事をしてもらうから。不満なら、これも仕事だと思えばいい」
「……わかったわ。これも仕事の内だと思うことにする……」
 シャルルにそう言われては、マリナも半信半疑、頷くしかなかった。
「で、あたしは一体、何をしたらいいの?」
 いつものようにティータイムを送りながら、まるで違う違和感にソワソワしてマリナが問う。
 この格好も、見ている分にはよかったのに、見られる側になると落ち着かない。シャルルが何故か、にこやかに笑いかけてくるのが原因だ。その目線を避けようと俯けば、先程結ばれた蝶々結びのネクタイが映る。やっぱり落ち着かない。
「簡単だよ。この詩を、読んでくれさえすればいい」
 そう言って、シャルルは色褪せた古い本を取り出した。慌てて表紙を見、それが日本語で書かれてあることにホッとしたマリナは、ようやくその本を手に取った。
「その本の、『風のなかに巣をくう小鳥』という詩を、君に読んでもらいたいんだ」


 その時マリナが感じた予感は鋭く当たり、後に「どこが簡単なのよっ」と不平を抱くことになる。それでも、彼女は今日一日、彼に逆らうことが出来ない身なのである。




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