一国の王と一般市民



 いつまで経っても、鏡は仲が悪い“白雪姫”が王子様のお妃だと言い続けるばかり。そして最近では、何やら物憂さに拍車をかけた王子様が研究室に引きこもるようにもなっていました。そんなこともあって、ついにお后様は自ら、食べると永遠に冬眠してしまうという、冬眠リンゴを“白雪姫”に渡そうと、計画を立てたのです。

 棺に入れられ、マリナは静かに横たわっています。マリナは“白雪姫”に食べるなと言われたリンゴを、誤って食べてしまったのです。しくしくと悲しむ小人達の前に、知らせを聞いた王子様がやって来ました。ところが、王子様はそっと花を手向けた途端、急に険しい顔つきになり、何やら急にマリナを触診し始めました。そうして、不思議がってその様子を見つめている小人達に、王子様は言いました。
「こいつを助けたいなら、オレにこいつを預けろ。オレは医者だ」
 それはとても横暴な言い方でしたが、小人等はマリナを助けたくて、王子様にマリナを預けることにしました。何より、カズヤが王子様なら何とか出来ると、そう皆を説得したのです。

 そうしてどうにかマリナは命を取りとめ、小人達はそれはそれはよろこび合い、王子様に心から感謝しました。
 悪い夢から覚めたマリナは、王子様に言われるがまま様々な検査を受けましたが、王子様はマリナのデータに驚き、彼女の体に強い関心を持って、死後に解剖させて欲しいと書類を持ち出して来ました。お后様はその様子を見て、非常に驚きました。今まで誰にも興味を持つことがなかった王子様が、マリナに迫っているのです。よろこんだお后様は、マリナの両手を掴んで、こう言いました。
「マリナさん、シャルルと結婚して下さい」
 驚く周囲をよそに、マリナはポカンとひと言、
「私、“白雪”だけど、いいの?」
 と聞き返しました。その言葉に驚いたのは、もちろんお后様と王子様です。どういうことかと理由を尋ねるふたりに、マリナは“白雪姫”は自分のあだ名みたいなものだと告げました。
「君は一体いくつ名前を持っているんだ? この前会った時は『灰かぶり』だって言っただろう。その前は『マリナ』だ。どれが本当の名なんだ。呼ぶ時に困るだろう、ハッキリさせてくれ」
 口をパクパクさせていたマリナはコクンとのどを鳴らし、王子様に言いました。
「気付いてたの!?」
「まあね。で、本当の名前はどれだ?」
「……マリナよ。一般人の、それも庶民が、そういくつも名前を持ってる訳ないでしょっ」
 拗ねるように言ったマリナに、王子様はこの時初めて、心から楽しそうな笑みを彼女に見せたのでした。




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