この星降る夜に、夢を。



<序章>

 彼の見ている夢が覚めて、その瞳が映し出す現実に失望するのではないかと恐れていた。そんな自分が、本当は何を怖がっているのか気付いた時、そこからはもう糸の切れた凧のように、あたしは星降る夜へと転げ落ちざるを得なかった。
 こぼれるように輝く星と星の間で、あたしはつい夢を見てしまった。それは切なくて、甘くて、可笑しくて、苦い、思い出の中に埋もれていた。
 いつしかそれは、現実になったらいいのに――という思いに変わってしまった。
 待っているだけでは、夢を見ているだけでは、夢はいつまでも夢のままだ。
 だから、あの時、決めたのだ。傷付くことがあっても構わない、遠慮はもうやめよう、と。無傷のままで人を愛することなんて無理だと、思い知ったから。傷付くことを恐れていては、前には進めないと分かったから。

 ――それが、遠い日の出来事のように思う。

 星がキラキラ浮かぶ夜空を見上げて、ふうっと息を吐き出した。持て余した感情が白い息となって風に乗って消えて行くのを、あたしはぼうっと眺めていたけれど、心はちっとも落ち着かない。自己嫌悪や不安、喜びが入り混じった複雑な感情は消えてはくれない。騒がしい胸を静めようと、あたしは再び足を速め、次第に駆け足になった。気持ちが溢れて、止まらない。
 涙と共にパレットからこぼれ落ちたのは、雪のような白と、氷柱のような青、雨雲のような灰色、それから朝日を浴びた蜘蛛の糸のような白金色。それは、彼を構成する色だった。
 あたしは彼の瞳を――ちょっとしたことで影を落とす心の丘を、嬉しくなって咲き乱れた花々を、寂しさの中に佇む裸の木々を、枝の間を通り抜けて行くそよ風を――何でも見通してしまうその瞳を、夏の夜に輝く天の川みたいに星で一杯にしたいと、ずっとそう思ってきた。
 いつか、ちゃんと、向かい合ってそう言える日が来るといい。
 傍にいて、空には色んな星があり、輝きがあるのだと教え、あの冷やかな瞳に光を灯したい。この世界にはもっと美しいものが、不思議なことがたくさんあるのだと、知って欲しい。興味を持って欲しい。もっと、あの輝く瞳を見ていたいから。
 ビュウビュウと顔に当たる冷たい風に乗って、あたしは一気にそこまで行ってしまいたかった。




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