この星降る夜に、願いを。



「カズヤから聞いたよ」
「なに、を?」
 思わず震えてしまった声に、シャルルは笑うことはなかった。彼は、ふっと眼を伏せて、皮肉げな笑みを見せた後、独特の物憂げな声色で答えただけ。
「どうやらあいつは、君に知らせてなかったらしいな。まったく、奴らしいよ」
 そうして再びあたしを視線で捕らえると、彼は少しだけ笑って、あたしの顔から眼鏡を外した。すると、急に視線がぼやけて、月明かりだけが唯一の頼りとなってしまう。後は、輪郭さえも不鮮明な闇の中。これで、本当に逃げられなくなってしまった。
「思ったことが素通しなのも、変わってない。変わったのは、君の気持ちだけだろう?」
「なんで、そんなことっ……」
 シャルルがようやく向き直ってこっちを見たと思ったら、何故かあたしの方が戸惑ってしまって、言葉が上手く出てこなかった。頭はすっかりパニックになってしまっている。何故、彼は、こんな急にこっちを向いてくれたのだろう。
「それよりも、オレに話したいことがあるんじゃないのか? だから来たんだろ、パリへ」
「……そうよ。あたし、あんたに伝えたいことがあってここまで来たのよ。でも、あんたは逃げてばっかりだったじゃない! なのに、どうして急にっ……」
「確かに、オレは君から逃げていた」
 ドクンと血の流れるような感じが体中に行き渡って苦しくなり、あたしは俯いてしまった。
「でも、幻滅したのは、君にじゃない。オレは自分自身に幻滅したんだ。本来なら、もっと理性的に対応出来るはずだった。自分の感情くらい、すっかりコントロール出来ると思っていた。けれど、君の動きはいつも予想外のことばかりで、結局、昔の感傷に流されてしまった。そんな自分が、許せなかったんだよ。オレは、プライドが高いから。……マリナ、そろそろ泣きやんでくれ。次は君の番だ」
 あたしは驚いて、顔を上げた。すると、シャルルが手を伸ばして、こぼれ出していた涙をすくう。月の光に照らされた彼は、神秘的で美しく、この上なく切なげな輝きを宿した瞳をあたしに向けていた。
「言えよ。聞いてやる」
「なによ、人を散々傷付けておいて。あたしっ、悲しかったんだからね。凄く辛かったんだから。どれだけ泣いたと思ってるのよ!!」
「ああ、知っている」
 シャルルはあたしの怒りをその胸で受けながら、あたしの頭を抱き寄せた。光を受けて輝く白金の髪がギュッと握った手の甲に落ちてくるのも構わずに、あたしはずっとその胸に訴え続け、どうして涙を流しているのかも分からなくなっていた。それでも彼は、しばらく何も言わなかった。
「すごく、もの凄く寂しかったんだからっ!」
「だったら、そろそろ君が本当に言いたかったことを言えよ、マリナちゃん」
 そう言ってようやく彼が口を開いた。あたしの怒りを受けるだけだった彼が。今まで冷たかった彼が、昔みたいにあたしを呼んでくれたのだ。気付くと、今まであたしを縛りつけていた何かが、ゆっくりと解けていくのが分かった。
「マリナ」
 ああ、あたしは、うれしいんだ。
 彼がさっき始めてあたしの名前を呼んでくれた時から、ずっと。
 だから、これは怒りじゃない。シャルルはずっと、その言葉や行動とは正反対の気持ちを黙って聞いていたのだ。
 願いは、叶うかもしれない。
 今なら、彼の言葉を聞くことが出来るかもしれない。
「……あたし、帰るつもりだったのよ。これ以上、あんたを傷付けないために。友達から、やり直そうと思ったの。でも、ひょっとしたら、それはあの時みたいに自分のためかもしれない。信じられない遠い想いよりも、確実で近くにあった想いに答えた。……あの時は、まだ、本当に聞くすべを知らなかった。今も、そんなに変わらないかもしれない。でも、聞きたいと思ったの……シャルルの気持ちを」
 その気持ちの変化を、和矢はいつから気付いていたんだろう。
「知りたいと思ったの」
 シャルルの腕から離れたあたしを、彼は黙って見ていた。ゆっくりとつたない言葉で喋るあたしを、勝手な言い分を口にするあたしを、彼はどう思っているだろうか?
「だから、あたしはここに来たのよ」
 それでも止めるつもりはなかった。言葉も、止まらなかった。


 ――いつか、シャルルにあたしの気持ちが届きますように……。


「それで、帰る気は変わったのか?」
「変わったわ」
「そう。では、聞かせてもらおうか。君が本当に言いたかったことを」

 あたしはゆっくりと眼を閉じて、不安と期待が入り交じる心を落ち着けるように深呼吸をした。もう、シャルルが逃げることはないし、わざと傷付けるようなこともしない。あたしは、あたしの出来ることをやればいいだけ。答えを出すのは、あたしじゃない。だからこそ。


 ―――お星さま。


 シャルルは青灰色の瞳を輝かせ、静かにあたしの言葉を聞いている。
 声も心も、きっと震えているだろうけれど、ちゃんと、しっかり伝えないといけない。だって……。


「あたし、シャルルが好きなの」



 ――――これがきっと、最後の恋です。







  <Fin>







BGM:

Vincent (Starry Starry Night)
When You Wish Upon A Star

So Far Away/Carole King
Crying/Vonda Shepard
花篝/滴草由実



Present for  『Seed of dupe』 深谷みどり


賭けに負けた私がリクエストにお応えして創り、深谷みどりさんのHP『Seed of dupe』へプレゼントしたもの。
今までのお話とは180度違うストーリーになっていて、マリナの方がシャルルに想いを寄せているお話(シリーズ)です。
きちんと、シャルルとマリナの再開シーンから創りました(笑)。
このお話は、「Vincent(Starry Starry Night)」と「When You Whish Upon A Star(星に願いを)」から色々と得て出来たものです。
続きをとの声も熱かったので、気紛れにシリーズ化しています。辛口シャルルに泣かされて下さい。

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