ドクンドクンとうるさい音がする。
それは彼女のものではなく、彼自身の音だ。
息苦しくて口からも酸素を取り込もうとするが、それすらもままならない。己の出した熱い息だけが全てだった。
「――起きろっ! オレに恋をさせるんじゃなかったのか。その為に来たんじゃないのかっ。こんなところで眠る為に来た訳じゃないだろうっ!? 起きろ! 起きて、オレに恋をさせてみろ!!」
そう言ってシャルルは両腕に力を入れ、体重をかける。長い髪が頬や首に張り付いて彼の不快感をあおる。緩くウエーブのかかった髪はその激しい動きから、前の方へと流れ落ちて来る。けれど、彼が髪を払うことはない。彼は同じ動きを繰り返し、彼女の反応を確かめることで一杯だった。
真剣過ぎてピリピリする空気。
必死なその顔は狂気にも似て、人によってはそれさえも美しいと感じさせる影がかかっていた。開かれた瞳孔は銀色に輝いて、一点を見つめている。マリナの眼を。軽く閉じられただけなのに、縫い止められたようにそれは動かない。彼はその目蓋が開いて、あの生き生きと輝く茶色の瞳が現れることだけを望んでいる。
「起きろっ!!」
ただそれだけなのに、彼女の眼が開かない。
「おっはよー、シャルル!! よく眠れた?」
明るい声色と満面の笑みに迎えられ、シャルルは足を止めた。
夜の出来事などすっかり忘れてしまったように、マリナは無邪気に近付いてくる。
シャルルはそれを黙って見つめ、そうしてやがて、ゆっくりと腕を上げ、彼女の頬へと指先を滑らせる。キョトンとしていた顔を赤く染めさせたのは一瞬で、次の瞬間に彼の指はマリナの肉を摘んで引っ張っていた。
「――ったいじゃないっ! 何でいきなりこんなことするのよ!?」
うっすらと涙を浮かべながら抗議する彼女に、シャルルは表情を崩すことなく答え返す。
「ムカついたから」
そのひと言で片付けたシャルルは、怒りに燃えるマリナを横目に、その日の朝を爽やかに迎えたのだった。
<end>
〜Good morning〜
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