6月の白い郵便〜薫〜



 6月のある朝、白い封筒が届く。
 中は、開けてみなくてもすぐにわかった。
 幸福が詰まったままのそれを朝日に透かして、思わずこぼれ出たまま笑ってみる。逃げ切れずにとうとう捕まってしまった友人と、見事に追い詰めた男の嬉しそうな顔が浮かんだ。
 想い合いながらも別れ、会えない時でも互いの幸せを願うくらい想っていたふたり。
 別れていた時に、ほんの少しだけこぼした言葉を、今でも覚えている。
 あふれ出そうになる気持ちを押し込めているのだと、隠しているのだと、その時にはっきりした。自分の気持ちに蓋をして、遠くを見ていた。その胸には、色んな葛藤や思いがあっただろう。ままならない気持ちを抱えて、呑んだ涙もあっただろう。それでも彼等は、叶わない夢を捨てられずにいた。

 しかし、縁というものは粋というか残酷なもので、そういうふたりこそ逢わせたがる。

 相手が宇宙に行っている訳でもないし、亡くなった訳でもない。同じ星の同じ時代の中に生きている。住んでいる国が違う、国と国が離れている。問題はそれだけで、その国に行けば、そこにいる。会えるのだ。――それを難しくしていたのは、彼等だ。
 何よりも一番の障害となるものは、いつだって人の心だと私は思う。
 周りがどれだけふたりが会うセッティングをしても、最後はすべて彼等の決意が優先されるからだ。会うも、会わないも、話すも、話さないも、好きも、嫌いも。
 でももっとシンプルに、根っこのところで、どう思っているのか。どうしたいのか。
 本当は、それが一番大切なことだ。

 誰の心も眼に見えないからこそ、絡まり、もつれ合い、仕舞には終わりも始まりもわからなくなる。疲れ切った心はそこに鎖をかけ、立ち入りを規制・禁止する。まだ血のにおいがする傷跡をさらけ出すことを恐れる。傷付けた人物がハッキリわかっているのならば、守る方法は簡単だ。当事者に会わないこと。関係を持たないこと。
 特に、センシティブな心を持っている彼は、正にこんな感じだった。
 ただでさえ人を寄せ付けない、人嫌いだと公言しているような人間なのに、彼女のことになると途端に籠城を決め込む。彼の頭脳はあっという間に堅牢な砦を築き、うっかり踏み込んだ相手に向かう言葉は鋭い矢となって放たれるのだ。彼はとても優秀な射手だ。致命傷の一歩手前を射抜く。もう二度とそこには立ち入りたくないと思わせる程の痛手を受けた人物を、私は幾人か知っている。
 けれど、私は患者という立場を最大限生かして、彼に彼女の近況を一方的に喋り続けた。勿論、100%嫌がらせだ。だからいつも最後には喧嘩別れで終る。私達の関係は、それでいいと思っている。しかし、彼と彼女との関係はこのままではいけない。
 元々共通の知り合いや友人が多いのだ。会う機会ならたくさんあった。それでも会おうとしないこと、それが誰の眼にも明らかで、何よりも明確な意思表示だった。
 お互いの状況は知っているはずなのに、それでも会おうとしないのは愚の骨頂だと、私は思う。誰に遠慮しているのか、何に対する遠慮なのか。誰を恐れているのか、何を恐れているのか……。考えるだけでイライラした。
 時は有限だし、人はいつか必ず死ぬ。そのいつかは、明日かもしれないのだ。
 手を伸ばして届くなら、届いている間に手を伸ばして捕まえておかないと後悔する。
 どれだけ言葉を尽くしても伝わらないけれど、それでも言葉にして言わなければ。何でもいい、自分の気持ちを伝えなければ。辛かったとか、淋しかったとか……会いたかった、とか。
 想う気持ちが自分の中にあることを、伝えなければ。その想っている日々がどんなに愛しかったか、言わなければ。いつか、言葉が届かなくなる時が来る。その前に。
 大切な人だからこそ、後悔して欲しくないのだ。
 今のところ、自分が出来ることはこういうことくらいだ。


 サイコロを振ったのは誰か――。


 誰も意図しない再会は、周りの人間をも凍りつかせた。
 誰よりも、気難しい彼の爆発を恐れた。一緒にいた奴の言葉で表すと、「その場が一気に冷戦に突入した」そうであるから、彼等の心境はさぞツンドラだったことだろう。
 その場にいなかった身としては、サイコロを振ったのが誰であろうと――それが悪魔であったとしても――よくやったと褒め称えてやりたい。それは、ふたりが決着をつけるのには必要なきっかけだった。たとえ、双方共に、どんなに苦しいことだったとしても。
 考えて、悩んで、ズブズブと自分が生んだ泥沼にはまっているよりも、ずっと建設的だ。

 ――それから、どうやって昔のような関係を取り戻し、結婚するまでに至ったのか……。
 それは当日ふたりに聞き出して詳細を吐かせよう。そうして、それまで気を使っていた私達の恨みと喜び混じりの嫌みでもって、ふたりを祝福するのだ。

 手始めに、まずは、私の衣装かな。
 招待状をもらった時から、それはもう決めているのだ。

 マリナちゃんの結婚式には、白のタキシードを着て行こう、と。




ジル編  マリナ編



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