小説家と担当者



「……先生、何ですか、このハチャメチャなお話」
「これを見て、言うことはそれだけ?」
 もっと他にあるだろうという眼を向けてくる小説家に、担当者は深く溜息をついた。
「ひょっとしなくても、この“白雪姫”って、あたし……?」
 俯いたままプルプル震える担当者が面白くて、小説家は他には決して見せない満面ともいえる笑みを浮かべて、彼女をひょいと覗き込んだ。
「感激した?」
「誰が感激してるっていうのよっ! あたしは、怒ってるの!!」
 “白雪姫”の描写も性格もその名前も、全て担当者のことを書いているとしか言いようがない。知る人が見れば、きっと……いや絶対、笑いのネタにさせられるに違いない話だった。
「しかも、自分はしっかり王子様ってどういうこと!?」
「仕方ないだろう。姫と結ばれるのは王子と昔から決まっているんだから」
 そんなことも知らないのかと言って、小説家は椅子に腰掛けた。長い髪を後ろでひとつに括りつけ、シャープで優美な線を描く頬と、すらりと白く長い項をあらわにしている。思わず視線を持って行かれそうになりながら、担当者はブツブツと文句を重ねた。
「そもそも、あたしをモデルにするところから間違ってるのよ。あたしを誰もが一度は憧れるお姫様にするなんて……お姫様どころか、王子様だって黙っちゃいないわよ、絶対」
「わかってないな」
 ポツリと呟いた小説家の言葉も届かないほど、担当者は自分の考えに真剣だ。
 様々なジャンルの本が並ぶ部屋の中を行ったり来たりしながら唇を噛んで、たった今読んだ衝撃の話の是非を問うている。小説家はその横顔をじっと横眼で見つめながら、そっと溜息をついた。
 これが小説家から担当者への“プロポーズ”だとは、肝心の当人には気付いてもらえていない。
 報われない恋心に、切ない木枯らしが吹き荒ぶ。
「つれないな……」
「えっ、何か言った!?」
 こんな時にだけ耳聡く、勘の働く彼女に幾度目かの溜息をつき、小説家は話をすり替えることにした。
「いや、何も。――で、今回の話はどうなの?」
「うーん、あたしがモデルだってことは問題だと思うけれど、ストーリーは面白いんじゃないかしら。ちょっと持って帰って編集長と話してくるわっ」
 じゃあと言って駆けて行く担当者を、小説家は、今度来る時は階段に粘着剤を塗ってやろうか――と、そんなことを考えながら見送った。





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