日向




 庭でパーティーなんて、さすがよね。
 そこに呼ばれて料理をタダで食べられるなんて、素敵よねっ。
 普段食べられない料理が食べられるだけじゃない。ビュッフェだから、こっそりとお腹一杯食べられる。これはもう、絶対最っ高の日よ!
 キラキラ輝く木洩れ日の下、白いシーツが日の光を反射していてまぶしい。あたしはずっとウキウキして、シャルルが何か喋っている間もずっとニコニコしながら待ってたのよ。ああ、それなのに、それなのにぃっ。
「マリナちゃん、少し黙っててもらえる? うるさいから」
 むっとして顔を上げれば、恐ろしく整った顔をした白皙白金の美青年。息を呑むほどの美貌を持ちながら、薔薇色の唇からこぼれる言葉は罵詈雑言。振る舞いはとても優雅ではあるけれど、腹の中では何考えてるんだか、いつもわからない。
「お腹空いてるんだから、しょうがないでしょっ」
 そんな彼とあたしが密着し合ってコソコソと茂みで隠れているのには、訳がある。
 ――さかのぼること数分前、あたしは料理が出てくるのを待ちながら、ひとりウロウロしていた。すると、珍しくもそこにミシェルがいて、歩きながら彼にその事情を訊ねていた時、今の事態が起こったのだ。
「ちっ」
 突然舌打ちしたかと思うと、彼はあたしを抱え、そのまま人目のつかない茂みへと引きずり込んだ。必然的に、あたしはミシェルの胸深くに顔を埋めることになったんだけれど……。うわーん、一体全体何なのよっ! どーしてあたしまで隠れなくっちゃいけないわけ!?
「あそこに、やたら派手に着飾った女がいるだろう。服装も最悪だが性格も問題でね、陰で悪口を囁くご趣味がある」
 うっ、嫌なご趣味の持ち主ね。
「係わり合いたくないから隠れたんだよ。今出て行けば、マリナちゃんもきっとあの性格の悪さを体験できると思うよ。嫌だったら、ちょっとの間静かにしててくれ」
 わかったわ。そういうことなら、全面的に協力いたしますっ!!
「でも、ミシェルが気にするなんておかしいわよ。あんたなら絶対、皮肉のひとつやふたつ言って、逆に相手を負かしてしまうんじゃないの?」
 ボソボソと小声であたしがそう主張すると、ミシェルは首を傾けてあたしを至近距離から見下ろした。
「そうもいかない。何と言っても相手は婦人会のボスだ。彼女を泣かせるとあらぬ方向に話が大きくなり、ややこしくなる」
 正しくは副会長らしく、会長は淑女の見本と言ってもいい女性なのだけれど、その下で彼女は我が物顔に振舞い、持ってもいない威権を振りかざしているそうだ。
 いるわよね、そういう人。大抵、本人は気付いてないんだけどね。
 うんうんと心の中で頷いて、あたしは言われた通り、じっと大人しくしていた。その時ようやく、ジルにつけられたコロンの仄かな香りに気がついた。きっと、ミシェルと密着しているから密度が高くなったのね。香水よりも、お菓子を少しくれたらよかったのに。
「香水つけてる?」
 ミシェルも同じことを思っていたらしく、頭上から低く問いかける声が届いた。
「一応、ね」
 ふーんと言ったっきり、それから何も言わない。
 だからあたしも何も言うことがなくなって、ふたりしてしばらく静かに息を殺して潜んでいた。
 茂みの向こう側からは、別世界のように楽しげな談笑が聞こえてくる。その温度の違いが妙に楽しくて、あたしは幼い頃を思い出した。
 ふふっと笑みをこぼしたら、ミシェルは不審そうに眉をひそめる。
「頭がおかしくなったのか」
「違うわよ、失礼ねっ。あのね、かくれんぼみたいだなぁと思ったのよ」
「楽しいのか?」
 呆れた声で聞かれると、彼が不審そうな顔をした理由がわかった。彼は、こういう風に隠れることを、楽しいとは思っていないんだわ。
「ひとりだったら、淋しかったかもね。でも、今は、ひとりじゃないから楽しいわよ」
「お腹が鳴っているようだけれど?」
 うっ、これは、自然現象なのよっ。どうしようもないでしょう!?
 どんなに嬉しく楽しくても、どんなに辛く悲しくても、人はお腹が空くのよ。生きている限りね。食べることは生きることなの、生きるということは食べるということなの。あたしの生きる歓びは食べることなのっ、食べなきゃ死んじゃうのよっ!!
 その言葉のどれがミシェルを動かしたのか、彼はおののきながら急いで料理を取りに行ってくれた。ふむ、あたしもやれば出来るもんね。
 しばらく待っていると、いい匂いが緑の香りとともに広がって、両手に皿をもったミシェルが帰って来た。ううっ、待ってたわよ、早く食べようっ。
「おまたせ」
 彼はどこから持って来たのか、小さい布を草の上に敷き、そうして持ってきた皿を乗せた。すると、まるでピクニックみたいでうれしい。うん、パーティーより、あたしはこっちの方が好きだなっ。
「君はかくれんぼしているみたいだと言ったけれど、鬼は誰? いつ終わらせるつもり?」
 うんざりしたようにミシェルが生ハムを頬張る。あたしはゴクンとお肉を飲み込んで、ふてる彼にニッコリと微笑んで答えて上げた。
「鬼はもちろんシャルルよ。だって、ミシェルのお兄ちゃんだし、あたしの友達だもの。きっと見つけてくれるわよ」
「……見つけられるまで、隠れてるつもりなんだね」
「楽しいでしょっ」
「楽しくないね」
 ミシェルの奇妙な不機嫌は、その後探しに来たシャルルがあたし達を見つけてくれるまで続いた。そうして短いピクニックは終わってしまったけれど、その楽しさは、いつまでもその緑色の光の中にあるような気がした。その光によって出来る影でさえ輝いて見えるのは、その時が楽しかったからだ。
「またかくれんぼしましょうね! 今度はちゃんとお弁当持って」
 そう言うと、ミシェルばかりかシャルルまでがヘンな顔をしてあたしを見た。なによ、カンジ悪いわねっ。付き合ってくれてもいいじゃない。
 ひとりじゃ淋しいから、シャルルもミシェルも、もちろんジルも、みんなで。ピクニックでもいいから、一緒に行きましょう。
 腕を捕まえてそう言ったら、ふたりは同時に長い長い溜息をついた。ああ、そんなところは本当に双子なのね。見事にシンクロしている。
 ジルのところに辿り着くまで、あたしはふたりの腕を放さなかった。青い芝生を3人で踏みしめて歩き、あたしはようやくジルを見つけると、彼女にも声をかけた。
「ねぇ、ジル、今度みんなでピクニックに行って遊びましょー」
 彼女はきっと、笑うだろう。むすっとした双子の兄弟に囲まれてなお、ニコニコ笑ってそんなことを提案するあたしを。でも、ジルならきっと頷いてくれるに違いない。
「いいですね」
 ほら、ね……。



  <End>



私が「和ぎ」として一区切りついた(3歳を迎えた)ということで自分を祝ってみたお話。
……とはいえ、何だかミシェル×マリナっぽいお話になってしまいました。
あれ、シャルルはどうしたんだ!? と自分でも思う。
まあ、私らしいと言えば私らしいお話にはなりました。



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