――シャルル・ドゥ・アルディは、猫を飼っているか?
ある時、人からそう尋ねられた。冗談かと思って笑いながら顔を見上げると、彼は至極真面目な顔付きで返事を待っていた。冗談、じゃなさそうだな……。
猫が人に飼育されるようになった起源は、古代エジプト以前からだ。穀物を荒らす鼠を狩る為だろう。それは鳥であったかもしれないが、まあ、とにかく、穀物を守る為だったのは違いない。そこから愛玩するに至り、現在は犬と同様ペットの代表を務めている。
ネコ目(食肉目)、ネコ亜目、ネコ科、ネコ亜科、ネコ属に分類される、小型哺乳類動物だ。
猫は犬とは違って、人とつかず離れず暮らしている。確かに人に懐くが、猫は独自の世界を持っている。彼等はどこか、野生の心を持っているのだ。
一方、シャルル・ドゥ・アルディは、研究所を持つフランスの名の付く鑑定医だ。いくつか、誰も手に負えない事件を解決に導いている。が、性格に難ありの人物で、人嫌いとして知られてもいる。人を寄せ付けないし、人も彼に近付きたいとは思わない、というのが一般的だ。
彼の容姿は常に人目を引く。老若男女問わず。……つまり、美貌の持ち主なのだ。それは彼にとって幸か不幸か。彼自身が唯美主義なのは本人も認めているところだが、それ故に彼に近付こうとする人々が後を絶えないことについては、苦々しい思いに違いない。それが、彼の人嫌いに拍車を掛けているのではないかと、僕は思っている。
そんな彼が猫を飼っているという話は、にわかには信じ難い話ではあったけれど、しかし、心のどこかでホッとするような、笑い出したくなるような気持ちもあった。彼も人間であったのだと。
でも――と、首を傾げる。
彼が猫を飼っているという話なんて、一度も聞いたことがない。
確かに、彼は滅多に自分のことを話はしないが、それでも一緒に仕事をしていると、プライベートなことが人知れず漏れたりするものだ。特に女性達の眼を掻い潜るのは、至難の技だろう。そんな彼女達の間でも知られていない話ならば、それは“あり得ない”確率の方が高いのではないだろうか?
――しかし、これは自分の考えだ。どこでそんな話を聞いて来たのか分からないが、他の……もっと彼に親しい人物ならば、知っているのではないか? たまたま僕が知らないだけかもしれない。そう思って、早速、聞込みを開始した。僕だって知りたい。
研究所所員:Rの話。
「シャルルが猫を? そんな話は聞いたことがないなぁ」
屋敷関係者:Wの話。
「存じません」
警察関係者:Kの話。
「……えっ、彼女のこと知ってるの? どんな猫かって? うーん、日本生まれで、茶色の髪と眼を持っていて…………、とっても元気な女の子だよ」
研究所役員:Aの話。
「さぁ。……でも、心当たりはあるわね。不確実なことは言わないでおくわ、じゃあね」
交友関係者:Mの話。
「飼ってるっていう話は聞いたことないわ。ただの噂じゃない?」
親族関係者:Jの話。
「秘密です」
より親しい人物に近付けば近付くほど確信を得ないので(しかも、一部を除くほとんど皆、一様にニヤニヤと笑っているのだ!)、僕は好奇心と苛立ちをそのままに、直接本人に訊ねてみることにした。研究者として短慮だと言われようが、構わない。これ以上、気になって研究に力が入らなくなる前に、この問題を解決してしまいたいのだ。休日、街中で猫を見かけ、所長と猫のことを思い出して悶々とするのはもうこりごりだ! ウエートレスに奇異の眼で見られたんだぞっ!! もう、あのカフェには行けないよ……。
そんな、悩める哀れな羊である僕に、彼はこう言った。
――シャルル・ドゥ・アルディは猫を飼っているか?
答え、僕の、絹糸で織ったタペストリーのような繊細な日々の生活の為、答えは言えない。
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