白い、軽やかなものが、重力に従って降りてくる。
いつもいつも、不思議に思うのだ。どうしてあんなものが重力に従っているのだろうかと。
そのひとつひとつは、花びらより軽いだろうに。
けれど、それはそう素直には降りてこない。
木の葉よりも、花びらよりも、空中に長く漂い、ふわり、ふわりとどちらに行こうかと定まっていない様子で地上に舞い降りてくる。
最後の最後まで決めかねるといった調子なので、じっと見張っていると見失いそうになる。
まるでパラソルを広げた少女のように漂っていたそれがついに着地する時には、驚くほど素直にあっさりと、スッと華麗に決めて見せる。
まるで最初からそこに降り立つのだと決めていたように。
はしゃぎ疲れてソファで眠ってしまった傍らの彼女を見る。
あれほど早くベッドに行けと言ったのに、まったく言うことを聞かない。
眼鏡を外してやり、つるを畳んで、テーブルに置く。眼鏡のない、物足りなさを覚える顔はしかし、彼女の素顔のような気がする。
彼女が人と接する際に身に纏う薄いベールが取り払われ、自分自身と特定の許された人物だけに見せる顔、それが目の前にある顔だと思わせた。
……本当は、毎年のように贈られる甘い菓子の意味を問い詰めたい。
彼女の生まれた国では、女性から男性に贈り物を渡す。胸に秘めた想いを込めて。
だったら、毎年その習慣を通す彼女は、どうなのだ?
自分の気持ちは、散々示してきたつもりだ。
けれども、彼女からの明確な返事は得られていない。OuiともNonとも。はっきりと拒絶されてはいなかったので、そこに付け込んでいる。お優しい彼女の友人のひとりであるフリをして、唯一の恋人になれる隙を狙っているのだ。
拒絶されないギリギリの距離まで近付くのは、楽しい。
ただ、その距離を彼女が縮めてくる時が、大変困るのだ。
腕を絡めてきて笑み、こうして私の傍で眠りに就き、チョコレートを贈ってくる……。
――それはどういう意味を持っている?
腕の中に囲って、もうどこにも逃げられないようにして、その瞳に何も映らないようにして、その口から直接答えを聞きたくなる。
贈られるものからではなく、可愛らしい表情からではなく、言霊にして伝えて欲しい。
言葉が持つという力は、誰にだって有効だ。彼女の唇から紡がれた言葉なら、それが真実彼女の気持ちならば、特別な言葉じゃなくてもいい。
その時、溢れ出た言葉はきっと白いだろう。
淡雪のような小さな白いそれを、食べてしまいたい。
そっと触れた彼女の頬は温かかった。
丸い頬をなぞれば、愛しさが募る。
輪郭を辿って、顎を持ち上げる。そのままゆっくりと彼女に覆い被されば、キャンドルを灯しているだけの視界が深さを増した。
翻弄されているなと思う。
彼女は、風に流されればどこに着地するともわからない雪のようだと、息を吐く。
行きつ戻りつする彼女に、気を取られている。
「マリナ……」
瞼を閉じようとした、ちょうどその時、彼女の眼がパッチリと開いて、視線がかち合った。
内心の動揺をなるべく表に出さないようにして、何か言おうと口を開いた時、今まで一度も見たことがないような甘い笑顔を浮かべて、彼女は言った。
「だぁいすき」
そして、そのまま、彼女は再び夢の中。
くうくう眠る彼女の顔を見ないよう眼をそむけて、静かな窓の外を眺めやる。
雪に閉じ込められた建物の沈黙。何もかも、自分の色にしてしまう彼女の逆襲。
――あぁ、雪なんか大嫌いだ!
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