SS 53



 大変、いい気分だ。
 何をしていても楽しい。
 ふふふっと笑みを漏らすと、横にいた友人に眉をひそめられた。
 とはいえ、すでに彼女も酩酊状態だ。人にケチをつけられたもんじゃない。やっぱり、こいつに酒の味を覚えさせるのは危険だな、と思う。高い酒なら尚更、ありとあらゆる意味で与えてはいけない代物だ。でも、眼を放すとすぐに飲んじまうんだから、あたし以上にアルコール中毒なんじゃなかろうか。
 ひょっとして、もうすでに、ワインセラーの主に……等と考えていると、彼女がやたらゆっくりと間延びした声を発した。声もすっかり酔っ払いのソレだ。
「まだ飲んでるワケ。飲み過ぎよ、あんた」
 ――おっと、ひとりでベロベロになってる奴に注意された。
 いつもそうだけど、ふたりで飲むと、大抵、彼女の方が先に酔いつぶれる。まったく、酒の飲み方ってものを知らない奴だ。そんな奴に、注意を受けるとはね。
「大丈夫。おまえさんとは違って、ゆっくり配分を考えて飲んでるさ」
 まあ、彼女の言わんとするところは、そんなことじゃないとは知ってるけど。でも、少しくらい大目にみて欲しい。こんな楽しいことは滅多にないのだから。
「だーめ、これはあたしのだって、言ってんでしょっ」
 そう言って彼女が両腕に抱いたのは、あたしの銅で……。
 ああ、話が噛み合ってない上に、言動が不明だ。朝には記憶がないパターンだなと冷静に考えながらも、そのもう一方では、これは面白い光景だと思っている自分がいる。動画撮影して後々も楽しみたい。きっと、また、おいしいお酒が飲めるだろうなぁ。
「どれが、おまえさんのものだって?」
「こ――れっ」
 もう一度問うと、離さないと言わんばかりに抱きすくめられた。おーお、こんな情熱的な告白は初めてだね。
「それってそんなに大事なワケ?」
「そーよっ、とってもあったかくって、やさしくって、ほんのりいいにおいがして、あたしの大好きな……」
 大好きな、何なのか言わないで、彼女はついに眠り姫になってしまった。腕も、外れそうにない。まったく、困った奴だと思うのに、たまらず笑ってしまう。そんなところが、彼女の魅力のひとつになるんだろう。だから今夜も、彼女のおかげで、とても楽しい一日の終わりを迎えることが出来るのだ。
「あたしも大好きだよ、可愛いマリナちゃん」





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