SS 52



 パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな部屋に子守歌のように響いている。時折、使用人が薪を足しに来る以外は、誰もこの部屋に入って来ない。彼がそこを捜査室に使うと決めたことで、立ち入りを制限しているからだ。
 今、この部屋にいるのは、刑事である彼と、様々な経緯から捜査に協力を申し出た女の子のふたりだけである。
 彼女を「女の子」だと意識しなければ、彼はこの何となくムードある部屋でふたりっきりだという事実も、責務によって無効化することが出来た。何かあればすぐに抱きついてくる恐がりな彼女を、彼は守らなければと思っている。それは、刑事としてなのか男としてなのか、彼自身、まだよくわかっていなかったが、それだけは確かだった。
「マリナ?」
「…………」
 連日の緊張状態と捜査の為に、体力も気力も失ったとぼやいていた彼女が、いつの間にか眠りに落ちていた。それはこの屋敷の皆にも当てはまるだろうが、彼女は外国人だ。意思疎通もままならない、慣れない土地での事件はさぞかし堪えただろう。
 けれど、彼はそれが仕事である。彼女よりずっと余裕があるはずだった。
 しかし、彼は自分が思っている以上に疲れてもいたのだ。もちろん、何かあればすぐにでも飛び起きることが出来るだろう。ただ、彼等にとって幸いなことに、今夜はその疲れを癒すように静かな夜だった。ゆっくりと、彼の眼もいつしか自然に閉じていった。邪魔されることなく、ふたりは体が命ずるまま眠りについた。


 彼に膝を貸してもらって眠る彼女は、赤ん坊のように無垢な顔をその膝に埋め、肩に彼のブルゾンが掛けられている。彼の大きな手は、彼女の頭に乗せられていて、眠りに落ちる前に彼女の頭を撫でていたように見えた。
 彫りの深い端正な顔に精悍な身体を持つ彼は、まるで彼女を何者からも守る神聖な獣のようだ。
 薪を足しに入って来た使用人がふたりを見て一度退出し、再び戻って来た時には、その手に暖かそうなブランケットが掛けられていた。その後、彼女は何事もなかったように戻って行ったので、ふたりを包む温もりが部屋いっぱいに広がった。
 パチパチと薪が爆ぜる音が、静かな部屋の心地好さを表している。音はそのまま床に転がり、絨毯に吸収され、家具の隙間に入り込み、カーテンに隠れ、ふたりの休息をそっと見守る。やがて、スウスウと規則的な寝息が加わると、空気は更に濃密さを増した。
 ふたりはそんなことにも気付かず、知らないまま静かに夜は更けて行ったのだった。





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