SS 43



「どうしてこうなったか……知りたくない、シャルル?」
「知りたくない。そんな暇があるなら、今すぐ解毒剤を作れ」
「わーん、おにいちゃんがボクのこといじめる〜」
「………………」
 自分と同じ顔で、自分では絶対口にしないような言葉を発する生き物を、シャルルは、これは自分とは全く関係のない赤の他人(もしくは地球外生命体)なのだと、ミシェルを心の底から否定した。


 アパルトマンの一室に、普段なら揃うはずのないメンバーが、ルパートの緊急要請によって集められた。人の家で勝手に開催しないで欲しいと、アパルトマンの住人であるマリナは抗議したが、色々あって言い包められてしまった。
 ――いや、それにしては上機嫌だと、彼女の友人である薫とジルは頷き合う。さすがルパートというべきか、若くして癖のあるアルディ家親族の会議議長を務めて来ただけはある。人の動かし方というものをよく心得ている、と。
「ええっと、シャルルとミシェルが、薬によって小さくなってしまったということでしたけれど、黒い組織……もとい、秘密結社による暗殺未遂ではないんですね?」
「オリビエ(じっちゃん)の名にかけて、違うよ!」
 小さなプラチナブロンドの頭がコクンと頷いて、光を振り撒いた。
「そんな大仰なことじゃないだろ」
 シャルルと同じことを思っているとも知らず、薫がそうぼやいた。天井に向けていた目線をグッと下げて、薫は向かい側に座るシャルルと思われる幼児と、ミシェルと思われる幼児を見比べる。本当に、合わせ鏡を見ているみたいに、何から何までそっくりだ。
「しっかし、この顔、初めて会った時のことを思い出すぜ。おお〜、よく伸びるなぁ」
「ひゃめろっ!」
 頬を両側から引っ張ってケラケラ笑う薫の腕を、シャルルは小さな手でバシバシと叩いた。大人と子供の力の差は歴然としていて、それが今のシャルルには屈辱的なほど悔しい。元に戻ったら絶対に倍返ししてやると固く心に誓った時だった、小さな体がふわりと宙に浮かんだ。
「止めなさいよ、薫。小さくなったからといっても、この子はシャルルなのよ!?」
「マリナ……」
「元に戻った時にとばっちりを食らうの、誰だと思ってるのっ!」
 カクンと、シャルルはマリナの膝の上で項垂れた。ギュッと抱きしめられている心地好さが、複雑さに拍車をかける。小さな胸では処理し切れない感情が溢れ出し、泣きそうになった。
 どうして、どうしてこうなってしまったのか……。
「……マリナさん、ミシェルが言うには、12時間はずっとこの姿のままだそうです」
「12時間!?」
「ゆっくり小さくなって、ある程度の年齢で止まり、そこからまた戻って行くから、12時間でも短いくらいだよ。こうなってみてわかったことだけど、感情の切り替えが思ったより難しいね。頭ではわかっていても、実行するのが大変だ。――ね、お兄様?」
 シャルルがどうしたんだというように、マリナが首を傾げると、羨ましいくらいのさらさらな髪の間から、白い顔が驚いた表情をしてマリナを見た。それを見たマリナは、更に驚いた顔をしてシャルルを見つめ返した。
 大きなブルーグレーの瞳から透明な滴が零れ落ちて、天使のような頬を濡らしていたのだ。
「――ほらっ、薫が苛めるから、シャルルが泣いちゃったじゃないのっ!!  あっ、痛! ちょっと、シャルル、何すんのよっ!」
「うるさい、マリナっ!」
「ふん、なによ、こんな時くらい泣いたって、何の問題もないわよっ。むしろ、泣けばいいのよ。いいじゃないの、普段は絶対泣かないんだから、今の内にたっくさん泣いておけばっ!」
「うるさい、ガキマリナっ!」
「ガキになってる、ガキシャルルに言われたくないわっ」
 じゃれ合っているようにしか見えないふたりを遠目に見ながら、薫は「どっちか苛めてるんだか」とぼやいて、ジルと一緒に首を振った。
「おい、そこのガキ共、昼飯はどーすんだ?」
「「ガキじゃないっ!!」」
 その声は、アパルトマン中に響き渡るようなものだったと、後にニッコリ微笑んだジルが証言した。


 12時間とは、あくまでも目安だ。風邪薬の効き目に個人差があるように、双子の飲んだ薬にも個人差がある。何より、まだまだ実験段階の薬である。いつ元に戻るかわからない。12時間よりも前になることも考えられた。呑気に構えて、人前で元に戻るのは具合が悪い。そこで、なるべく人の出入りの少ない、かつ秘密を守れるような人物のところへ預けてしまうのが一番だと考えられた。そこで白羽の矢が立ったのが、マリナ・イケダという人物だった。過去から幾度か知ることになった彼女の性格は、幾つか気掛かりな点を残しながらも、その条件をクリアした。たとえ彼等が目の前で突然元に戻っても、彼女ならば柔軟に対処してくれるだろう。
 ごく数人のみ明かされた秘密を彼女達に任せておいて、ルパートは執務室の扉を開けた。





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