SS No.40



 今日は夕方からパーティーを開催することになっている。場所は僕のアパルトマンだから、ドレスコードは必要ない。本音を隠すための偽りの笑顔も必要ない。美味しいお酒と料理、心踊る音楽と楽しい仲間、必要なものは全て用意した。
 ――まあ、一応シャルルも誘ったのだけれど、興味すら示してもらえなかったことが心残りだ。そう言うとマリナは笑って、「さもありなん。想像するまでもないわ!」と言っていたけれど、本当にそうだろうか?

 朝、マリナが研究室のドアを開けて入って来たその時から、彼女は始終ニコニコしていた。どうやら彼女は、パーティー等の催し物が大変好きらしい。誘った時もそうだったけれど、今日は一段と楽しみで仕方ないといった顔をしている。そういうところは、可愛いな、と思う。
「気持ち悪い。笑うなら出て行け」
 ――ギクリとした。
 僕のことかと思った。
 けれど、それは僕ではなく、僕を通り越して傍に立つマリナに向けられた言葉だった。こういう時でも相変らず酷い物言いだ。
「それとも、笑えないくらい忙しくさせて欲しいか?」
「――――!!」
 その場にいた同僚達の間にも、僕と同じ感情が走ったに違いない。つまり、恐怖。普段でも笑えない仕事環境と量だが、時にそれを凌駕する時がある。それを、この場でやろうというのだろうか。この週末の日に!?
「いいわよ、やってやろうじゃない!」
 恐怖と驚愕の入り混じった表情を隠せないままマリナを見ると、彼女は睨み付けるようにシャルルの方を向いていた。その顔には、こんなことくらいで出て行ってたまるかという感情が浮かんでいる。彼女は本当に凄い。時々無謀だと思われることをやる。
「いい度胸だ。最後まできっちり働いて行けよ」
 そう言って、シャルルは本当に笑えなくなるような仕事量を彼女に与えた。彼女がシャルルの机を行き来する回数が増え、その度毎に灰皿に吸殻が積み上げられる。そんなことなど滅多にないことから、シャルルがどれほどイライラしているのか一目瞭然だった。そんなに苛立つならしなければいいのに、という真っ当な言葉は、伝えることなく胸の奥に仕舞われた。

 その夜、アパルトマンにやって来たマリナはすっかり元気を取り戻していた。ニコニコしながら食事をする彼女に、何人かの男友達が近付いて行ったが、しばらくすると離れて行く。その理由は明確だった。本人が呑まないのに、彼女から独特の煙草のにおいがするからだ。それはシャルルが好んで呑んでいる煙草のにおい。そう、きっと、あの時マリナに付いたのだろう。

 ――さて、これは、彼女に対する嫌がらせだろうか。それとも……?





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