SS No.38



 好奇心を隠すことなくその瞳に宿し、日々何かに心を動かし続けている彼女。良くも悪くも、人の心を惹き付ける。彼女の周りには常に人が集う。
 その中でも異彩な人物が、自分の兄だ。
 どこがどう異彩か――。
 それは、彼を見れば一目瞭然。彼を見て“恋をしていない”のだと言える人間は、眼が腐っているか、節穴かのどちらかだろう。それ程までに彼の恋心は明瞭だ。
 そのことに気付いているのかいないのか、彼女は今日もふらふらと異国であるはずの街を闊歩している。彼女が何らかの意図を持ってシャルルと距離を取っているとしか思えない行動を繰り返す。今日はどういう日か、忘れているのだろうか。
 ――まぁ、何だっていいけれどね。
 自分はただ、いつだって貴族然としている彼の皮を剥いでやりたいだけなのだ。それが、彼女の近くにいると見られる。誰に対しても揺るがないシャルルが、彼女の前ではただの男になる。こんな面白いことはない。彼はまるで、赤い毛糸に夢中になっているネコのようだ。それを見ているだけで楽しいのだから、その他の微妙なことはどうでもいいと思う。そんなものは後からどうとでもなるのだから。
「……ちょっと、何ひとりで笑ってんの、気持ち悪いわね」
「…………」
 オレはこのくらいの言葉でいちいち怒ったりはしない。が、調子に乗られても困るので、目線で黙らせておいた。これでしばらくは大人しくなるだろう。
「なによ。どうせシャルルに意地悪することでも考えてたんでしょっ」
「君にしては鋭いじゃないか」
 彼女の表情は見えなかったが、どうやら先程のひと睨みで不機嫌になったらしい。不貞腐れている。
「ふん、それくらいわかるわよ。そういう時のあんたって、すっごく楽しそうなんだもの。でもね、あんまり意地悪してると、その内本当に嫌われるわよ」
 空を仰ぐと、相も変わらず重く垂れこめている曇天が視界一杯に広がっていた。街を覆い、冬という名の静寂で包み込む。
「もうとっくの昔に、嫌われていると思うけどね」
 言って視線を下げると、彼女と眼が合った。
 にっこりと微笑まれる。
「――さっ、そろそろ急がないと、パーティーが始まっちゃうわ!」
 拳を空へ突き出して歩き始めた彼女の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、たった今聞いた彼女の言葉を反芻してみる。
 その時ふと、ネコが宙返りを決めて見せた。
「ミシェル」
 立ち止まったまま動かないことを不思議に思ったのか、戻って来た彼女が腕を掴み、こちらを覗き込んでいた。茶色の眼が、どうしたのかと問うている。
「行きましょう?」
 赤い毛糸で編まれた暖かそうな手袋が、ギュッと服を引っ張って急き立てる。
「ああ……」
 何故だか目の前に、赤い毛糸がぶら下げられた気がした。





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