SS No.34



 そのまま、その日の長かった授業を終えると、マリナは足早に目的地へと向かった。いつにもまして歩幅が大きいのは、腹が立って仕様がないからだ。ずんずんと飾り気のない長い廊下を進んで、とある部屋で足を止める。ノックした直後にもうドアを開け、中にいる人物に向かって彼女は叫んでいた。
「ちょっと聞いてよ、ロジェ!!」
 いきなり訪ねてきたにもかかわらず、ロジェはさして驚きもせずに笑顔で彼女を迎え入れた。彼の予想では、もう少し時間が経ってから来るはずだったのだが、彼女の様子を見る限り、その予想を超える何かが彼女の身に降りかかったのだろう。
「どうしたのさ。シャルルの授業はそんなに厳しかったの?」
 彼の前の席に座ると、彼女は「それもあるんだけど」と言ってテーブルを叩いた。
「今日、シャルルから確かめられそうになったわ、あたしの気持ちを!」
 カフェがカップの中で揺れて波紋を描き、転がっていたマジックが数センチ浮かび上がった。どういうことかとロジェが尋ねれば、マリナはきっと興奮しながら自分の言い分と愚痴を気がすむまで言い続けるだろう。それはとてもウンザリするようなことだったが、それでもロジェは真摯に尋ねた。
「それは一体、どういうこと?」


 ――そうして全ての話を聞き終えると、ロジェは溜息をつく代わりに感想を言った。「言えばよかったじゃないか」と。女の子の愚痴は聞くもの。意見は求めていないものがほとんどだから、聞いて上げるだけで大抵の女の子は満足する。けれど、それはマリナとシャルルとの今後に関係することだったので、ロジェはあえて彼なりの意見を述べることにした。
「確かに君の言う通り、復誦しても、その程度だったのかと言われるかもしれない。けれど、それでも言えばよかったと、オレは思うな。相手が相当嫌ってる奴でもない限り、好きだって言われてうれしくない奴なんていないだろう? それに……」
「それに、なに?」
 言いかけた言葉の先を促されたが、ロジェは「なんでもない」と言って首を振った。ひょっとしたらシャルルも言って欲しかったのではないか――という勝手な憶測は、シャルル相手にすべきではない。何より、マリナが一番混乱することになるだろう。そう思って、ロジェは話を進めた。
「とにかく、復誦せずに伝えればいいんだよ」
 訝しい顔をするマリナの耳に、ロジェは自分の案をひとつ囁いた。


 翌日、変わりのない態度で授業を終えたマリナから一通の手紙をもらったシャルルは、部屋に戻ると早速封を切った。ローズピンクの便箋には、昨日彼女に強要した言葉が大きな文字で書かれていた。その後には、追伸も付けられている。
 ――その追伸通り、確かに復誦はしていない。けれど、これでは言ったも同然ではないかと、苦笑いが漏れた。そして、問題の言葉を切り返して伝えてきたことに、忌々しさと面白さが込み上げてくる。実に愉快なラブレターだ。
 シャルルは机の一番上の引き出しを開け、その奥に手紙を置いた。引き出しを押し戻すと、手紙は闇に吸い込まれて行くように視界から消えてなくなった。





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