SS No.32



 チュンチュンと茶色の帽子を被った格好の雀が庭に降り立ち、地面を突く。彼女が撒いたパン屑を啄み、跳ねるように庭を移動する。彼女はそれを見てクスクスと楽しそうに笑っている。
 光に透けて白く溶けた美しい金の髪を、竹林から吹く風が撫でるようにそっと空に放つ。そこからキラキラと光りが舞い踊りながら逃げて行くのを、眼を細めて彼が見つめていると、彼女が視線に気付いたようにゆっくりと振り返った。
「おはようございます。すぐに朝食にしますか?」
 薄い朝の光さえ、彼女の白い肌の輝きに負けてしまいそうだと、彼はもう幾度となくそう思って見惚れている。決して口にしたりはしなかったが。
 一見して儚げな彼女は、その細い体の中に流れている血に正しく、自分が正しいと思ったことには頑として動こうとしない、是と認めない、自分を持った女性だった。同時に多様なものの捉え方を持ち、ひとつの考えにこだわらない、柔軟な思考も持っている。
 まるで竹のようだと、彼は思う。どこまでも真っ直ぐに伸びて尚しなやかさを失わない、あの植物に。
「いや、その前に茶を淹れてくれ」
「麦茶にしますね。今日はとても暖かいので」
 にっこりと微笑んで奥に引っ込んで行く。次に現れた時には、漆を塗った盆にコップをふたつ乗せていた。盆を挟むようにして隣に座ると、彼女はコップに口を付ける。
「おいしいですね」
 お礼を言おうかどうかと彼が迷っていると、彼女が先に口を開いた。
「ああ」
 いつもそうなのだ。
 彼が言おうとした言葉も、頼もうとしたことも、言葉にする前に彼女に気付かれてしまう。
 だから、もう少しこの場所で彼女を見ていたいと思ったことも、きっと、お見通しなのだろう。
「そうだな」
 それでも美女丸は何ひとつ知らないふりをして、ジルが淹れてくれた茶をことのほかゆっくりと、味わうことにしたのだった。





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