SS 28



 ニッコリ笑って、瓜二つの片割れが「どっち?」と催促する。
 もう一方の片割れは、これ以上不愉快なことはないというような冷めた眼をしながら、斜めに彼女を見る。その視線の意味は……考えたくもないらしく、彼女は見ないフリをした。


 さあ、そもそも何故このような事態になったのか、実はよくわからない。

 最初は些細な喧嘩だったみたいだが、互いに譲れないところがあったらしく、次第に口数が減って行き、やがて重い沈黙に繋がった。溜息しか出てこないふたりの間に、暇を持て余していた私は口を挟んだ。
「その話、もう終わった? だったら今から遊園地に行かない、マリナちゃん」
 直後、空気がざわついたが、誰もそれを声に出そうとはしない。互いの出方をじっと見ている。
 そんなことだからちっとも前へ進まないのだと、何故当人達は気付かないのだろう。全く焦れったいったらない。
「こんなエゴイストで融通も利かない男と一緒にいたいのならあきらめるけど、どうする?」
 彼女の感情を読み取ってそう言ってやれば、グラリと傾く心が透けて見えるように表情が変わった。彼女の美点は、素直に表されるその感情だろう。表情にも言葉にも出さないくせに、視線だけはやけに雄弁に訴えかけてくる人物よりも数段好ましい。
「さあ、好きに選んで」
 彼女の心は行ったり来たりを繰り返し、やがて決心がついたように一歩を踏み出した。彼女は私の腕を取って、ハッキリとこう言ったのだ。
「あたし、ミシェルと遊園地に行くわっ」
 グイグイと腕を引っ張って、彼の方を振り向きもしない。彼女の出した答えは間違っていると思いながらも、私は彼女に従って廊下に出た。振り返らなくても、彼の表情や心情は手に取るように明らかだろう。
「放っておいていいの?」
「いいのよ。今日はとことん遊び回りましょうっ!」
 ――ああ、やっぱり彼女は間違っている。
 一緒に遊び回りたい相手は、本当は私じゃないだろう。
 けれど、そうわかっていても、この腕に巻きついた彼女の手は振り解けそうにない。





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