SS 27



 部屋の一室に、窓から斜めに陽が差し込む。
 茶色の床板がやわらかに光をはね返して、飴色に輝いていた。
 その部屋には届けられてきた花やプレゼントが至る所に置かれている。彼女の性格を表すかのように、とても無造作に。先程脱ぎ捨てたジャケットなどはソファの背もたれに辛うじて掛かっていたが、ズルズルと滑って、今にもそこから落ちそうだった。
 彼女は伸びてきた前髪をかき上げて、届いたばかりの手紙やダイレクト・メールに目を通す。そのほとんどがファンからのものだったが、その中にあった一通の送り主の名前に気を取られ、床に転がっていた何かを踏みつけてしまった。やわらかい感触に驚いてとっさに足を上げる。
「おっと、ゴメン。そう怒るなよ、マリナちゃん。あたしが悪かった」
 その言葉でも納得できなかったのか、マリナはくるりと彼女に背を向けて、窓際へと逃げて行ってしまった。その後ろ姿は怒りに満ちていた。
 声を上げて笑いながら再び目線を手元に下ろすと、そこには懐かしい名前が、見覚えのある癖の強い字で書かれていた。自然と込み上げてきた感情に従って、口端を上げる。
 彼女はそのまま封筒を手に取ると、ナイフもハサミも使わずに封を切った。中には綺麗にクラフトされたカードが入っていて、開くと甘い匂いがふわっと広がった。
 なかなか洒落たことをしてくれるなと思いながら、内容に期待を寄せる。中央には紅いインクで、祝福の言葉と、送り主の優しさがにじみ出ている短いメッセージが記されていた。
「この一年の幸福とご健康をお祈りします、だってさ。心配性だねぇ、まったく」
 そして、丁寧なことに“健康”のところだけ強調してくれている。
 彼女は苦笑いながら窓辺に腰かけ、片方の足を上げてそこに乗せた。窓ガラスを通ってキラキラと降り注ぐ光は掛値なしに綺麗で、眼を細めて見ずにはいられない。薄い光の帯は暖かく、何もかも包み込んでくれる。この国の人々が何故あんなにも陽光を恋しく思っているのかわかるのは、こういう瞬間だ。
「あたしのことより、自分の心配をした方がいと思うけどね。なぁ、マリナ?」
 まだ先程ことを根に持っているのか、マリナは返事も返してくれない。けれど彼女は一向に気にした様子も見せず、尚も一方的にマリナに話しかけ続けた。
「……ん? 何か、見知った人物がこっちに向かって来てるな。おい、見てみなよ。まったく、相変わらず足が遅い奴だよ。あれでも走ってるつもりかね」
 そう言いながらクスクス笑う彼女に、邪気など見当たらない。その笑みにあるのは親しみ深い愛情だ。光に透けて胡桃色に輝く髪を揺らして、優しい視線で追っている。
「ほら、おまえさんも気をつけないと、名付けられた通りの猫になるよ、食欲旺盛なマリナちゃん」
「ニャァ」
 マリナがようやく返事をしたことに、彼女はふっと笑みをもらした。





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