SS 25



 空の色さえも忘れてしまいそうな冬の空を、君はただ愛おしそうに見つめていた。

 鉛色の空から生まれたものが、空を漂いながらゆっくりと降りてきた。その様子を窓辺でみていた彼女はそっと息を漏らす。吐き出した白い息は、冷たい空気に溶けて消えていった。ゆるゆると伸ばされた手が、その冷たい空気に触れようと外に向かう途中、ピタリと動きを止めた。
「寒い」
 名前を呼ばれて彼女が振り返ってみれば、そこにも冬の空に似た冷たい眼差しがあり、無表情に彼女を見ていた。雪の最後のひとひらの権化。そう言っても決して大袈裟ではない程の美貌の持ち主が、ペンを持つ手を止めてまで寒さを訴えている。彼女は心の中で花がほころんでいくのを感じた。
「もう充分満足しただろう」
 だから彼は窓を閉めろという。
「全然。まだ足りないくらいだわ! ――あのね、シャルル、雪が降る時の寒さは特別なの。シャルルは雪が降っている中で、ぼうっと立ち尽くしたことない?」
 取りあえず、所長サマに風邪をひかせてはいけないと思って窓を閉めた彼女が、振り返りながら顔をきらめかせて尋ねる。彼は窓が閉められたと見るや、再び書類に眼を落していたけれど、その明るい声音につれられるように言葉を返した。
「凍死するぞ」
 身も蓋もない言葉だったが、彼女は何故か可笑しそうな笑い声を立てた。まるで、始めから予想していたというように。
「大丈夫。その時は世界一の名医に助けてもらえるまで粘るから!」
 本気とも冗談ともつかない断言をして、にっこりと彼女は笑った。
 確かに、この彼女の強い生命力があれば、それも決して不可能ではない。けれど、彼はゆっくりと目蓋を閉じながら思うのだ。
「いいや、君ならばきっと、その前に生き返って見せるだろう」
 そうして、心配して駆け付けて来た名医に向かってこう言うのだろう。
「そうかもねっ。だって、シャルルからの愛の告白が聞けるかも知れないもの」
「ロマンチストだな」





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