SS 24



 はしゃいで踊りまわる人と音楽に、国など関係ない。楽しければいいのだ。
 日本で祭りを常に身近に感じているマリナは、こちらの方が日本のクリスマスに近いかもしれないと思っていた。クリスマスと年末年始の騒ぎを足したらこんな感じになるのかもしれない、と。ただ彼等はダンスに夢中な点がわずかに違う。
 ――そしてここにも、相違点があった。

 マリナは目の前の人物に、これ以上ないほど心乱されている。そのあからさまな動揺に、シャルルが皮肉げな笑みを見せる。その視線だけで彼女をいたぶれば、真っ赤になったマリナの心の声が聞こえてきそうだった。
「で、どうするの?」
 そう問えば、返ってくるのは動揺して言葉を噛む、子供のような可愛らしい返事。
「なっ、なにがっ!?」
「キス」
 どうやら質問の意図も正確には彼女に届いていないらしく、騒がしい音楽と共に彼女の頭の中も「キス」という単語がダンスを踊っているようだ。
 そうこうする内にカウントダウンが始まり、周囲が余計に騒がしくなってきた。シャルルはカウントする度に動揺が酷くなるマリナを観察しながら、彼女がどう出るかをじっと待っていた。
「ひとつ聞くけど、あの、どっちがするの?」
 色々想像して百面相を繰り広げていたマリナが、ようやく口を開いた。どうやら、「しない」という選択肢は捨てたみたいだとシャルルは冷静に思う。面白くなってきたと笑みを深くしながら、恐る恐る見上げて答えを待つマリナを見る。眼が合った瞬間、瞳を大きく開いて、息を呑む気配。
「どちらでも。君がしてもいいし、どうしてもというなら……」
 意味ありげに彼が笑んで見せれば、彼女は治まりかけていた体温をまた上げて、酸素を求めるように喘ぐ。
「心臓に悪いから、あんまり雰囲気出さないでくれる?」
「今更」
「……あたしをからかって遊んでるわね?」
「当然」
 小さい拳にギュッと力を入れて、フルフルと震えながらシャルルを睨み上げていると、周りのカウントが0を数え、「Bonne année!」の挨拶が飛び交う。
「で、どっちがいいの」
 低く響くその声は、どんな言葉よりもハッキリとマリナの耳に届き、鼓膜を震わせた。
「あたしは、やっぱり、シャルルからして欲しいわ」
 切なく思いながらも真剣にそう答えたマリナに、シャルルはどんな反応も見せなかった。青灰の瞳にマリナを映しながらゆっくりと身を屈めるシャルルを、マリナはじっと見つめていた。艶めく髪がたくましい肩からサラサラとこぼれ落ちる。ふわりとその匂いに包まれて再び顔を上げると、視界一杯にシャルルの顔があって、マリナをドキリとさせた。
 頬を傾けて、彼が距離を縮める。
 唇と唇が触れ合う瞬間、彼はふいに止まると少しだけ顎を引き、吐息がかかる距離からマリナに話しかけた。
「マリナ、眼を閉じろ」
 すでに触れ合っている前髪がマリナに唇までの距離を知らせ、体温や呼吸を感じるほど鋭くなっている感覚に眩暈を覚えながら、シャルルのそのひと言でマリナはようやく目蓋を下ろした。遠くの方で、街中の自動車が賑やかにクラクションを鳴らすのが聞こえる。でもそれは一瞬の出来事で、シャルルのやわらかい唇の感触によって、マリナの感覚と感情は全て彼に奪われてしまった。
 唇を重ね合わせたのは永遠のように長く、その間、自分の心臓は止まってしまったかのようにさえ感じ、ゆっくりと離れていく温もりを追うように高鳴りが戻ってきた時には、開いて元に戻った距離がマリナを切なくさせた。
「どうしてキスしてもいいと思ったの?」
 やっぱり止めれば良かったとキスしたことを少しだけ後悔しながら、視線を床に落として問う。タイルの目をじっと見つめながら彼の返事を待っていると、前髪に何かが触れた感じがした。マリナが視線を前に移すと、シャルルがその長い指先で前髪を弄って、面白そうに笑っているところだった。
「頑張ってる女の子は嫌いじゃないからね」
 理由にもなっていないことを笑って言って、彼はマリナの前髪から手を離した。
 ふわりと空気を纏って帰ってきたその感覚がマリナの胸を打って、シャルルの笑顔を焼き付けさせる。
「Bonne année」





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