SS 21



 ――彼の敵わない相手って、一体どんな奴だろう。

 ロマンはずっとそう思っていた。
 その答えであるはずの女の子が、今、顔を両手で覆い、不用に自分を責めていた。
 泣いているのだろう。
「どうしてシャルルは何も言ってくれないのっ!? どうしていつもひとりで解決しようとするのよ……。何も出来ない。あたしがシャルルにして上げられることは、何にもないのよっ」
 励まそうとして、ロマンはマリナの肩にそっと手を伸ばして彼女に視線を合わせようとした。
 過剰な責務をこなしていくシャルルが倒れたというのだから、当然と言えば当然のことだ。彼が眠っている部屋の隣に連れて行くと、すぐに椅子に崩れるように座って俯き、肩を震わせ始めた。何かを我慢するように。理由を尋ねる彼女の声がわずかに震えていた。彼の身近にいる人間は本当に苦労しそうだと、ロマンは同情と共感を覚えたものだ。
 けれど正直に言うと、少し、ガッカリもしていた。
 横柄で、自己中心的で、唯美主義で、完璧主義。そんなシャルルが認めた“敵わない相手”が、こんなチビでコロコロしたところしか取り柄がない普通の女の子だったとは。この肩を震わせて忍び泣く女の子のどこを取って、敵わないと言うのだろう。
 ロマンの指先が後数センチでマリナの肩に触れる――というところで、それまで俯いていた彼女が当然ガバッと顔を上げ、文字通り、立ち上がった。先程まで沈んで溺れかけていた、その暗闇からも。
「あーっ、何だかドンドン腹が立ってきたわ! なによ、失礼にも程があるじゃない。そりゃあ、あたしなんかじゃシャルルの片腕にもなれないだろうけれど、何か出来ることだってきっとあるはずよ。そうよ、ジルだって同じ気持ちなのに……。まったく、それなのに、無理して倒れるまで働いて! ホント、バカなんだからっ!! 絶対一日は休ませてやるっ。マリナさんを甘く見んじゃないわよ!」

「誰がバカだって?」

 啖呵を切り、拳を握って怒りに震えるマリナの背後から突如涼やかな声がして、ふたりは驚いた。
 見れば、ドアにもたれ掛りながら腕を組み、物憂げさを増した青灰色の瞳をひたとマリナに向けながら佇む、バカだと言われた当人、シャルルの姿がそこにあった。
「シャルルっ!!」
 叫んで、もつれるようにシャルルのところに駆けて行ったマリナは、何も言わず、突然パチンと彼の頬を打った。ロマンは顔色を悪くしたが、彼女は一向に構わない様子でこう続けた。
「心配させるんじゃないわよ、ばかシャルル!」
 名指しで罵られたシャルルは、それでもロマンの予測に反して、ふっとやわらかく笑ってマリナの頭に手を置き、ほんの少し自分の元へと引き寄せると、小さく何事かを呟いた。それは誰にも聞き取られることなく空中へと消えたが、マリナは何かを感じ取り、それに応えるようにシャルルのシャツをぎゅっと握ったのだった。
「シャルル、あんた、熱があるじゃないのっ――!!」


 シャルルが敵わない相手。
 それは、ロマン自身にも敵わないな、と思わせる相手であったと、後にシャルルへと伝えられた。
「彼女のこと誤解してたよ。しおらしい娘だと思ってたんだよ、日本人だから。でもさ、君の休日を奪い取りに行った時の彼女の迫力ったら、凄かったよ。我等の所長サマを、一日どころか三日も休ませることを承諾させたんだからさ。彼女にはホント、敵わないよ」





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