SS 19



 短いメロディーが流れて、シャルルの注意を引く。
 パチンと音を立てて携帯を開き、指を滑らせ、手慣れた操作をする。送信者は、彼が憎らしくも恋しく思う人。
 一度、連絡が取れなくて騒動があった時から、シャルルは彼女に携帯を持たせることにしたのだ。どんな時も、必ず手元に持って置くようにと念を押して。ただでさえ、彼女は集中すると他人との接触をおろそかにしがちになる。自分のことで手一杯になるから、その他のことにまで手が回らないのだろう。
 基本的な操作を覚えさせてから、シャルルの元に毎日メールが届くようになった。
 それはいつも決まって、短いアルファベットで綴られた日本語の文が数行と、彼女が撮った写真が一枚。その瞬間に彼女が見て、感じたことをそのまま伝えてくる。たとえば、シャルルが見ることもない日が昇る瞬間だったり、おいしそうなパンだったり、道端のパフォーマンスだったり、サドルが抜かれた状態でとめられている自転車だったりした。
 彼女がどこで何をしているのかわからない写真ですら、彼女にとっては何でもないことのように日常のようだった。それが時々、シャルルの胸を絞め付ける。
 ――そう、大半は彼女の思惑通り、シャルルの心を楽しませるようなものばかりなのだが、胸の奥にあるその気持ちが、彼女に返信させることを邪魔していた。



 クラシックのメロディーが流れて、マリナの注意を引く。
 始めて流れたその音に反応して慌てて携帯を開き、慣れないボタン操作をする。送信者は、彼女が憎らしく思いつつも心配せずにはいられない友人から。
 彼に携帯を強引に持たされた日から、嫌がらせもかねて、毎日メールを送りつけている。だからなのか、彼からの返信は今まで一度もない。一度も。一行だって、ひと言だって構わないというのに。
 だから、その着信音が鳴った時、マリナは酷く慌てていて、何も考えられずに気が動転したままメールを開いたのだった。

 ――そこには、短いアルファベットで綴られた日本語の文が数行と、彼が撮ったものだろうと思われる写真が一枚添付されていた。

 動き回っていた思考がピタリと止まって、何とも彼らしいそのメールに、マリナは思わず笑みをこぼしていた。それから、そのメールにどう応えようかと、踊る心で考え始めたのである。





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