SS 18



 蝉時雨。小鳥のさえずり、梢の囁き。
 木洩れ日を浴びて小道を歩く。まだ薄い日差しから、その日の暑さと天気とを読み取る。その木洩れ日は充分な力強さだった。
 小さな草花が風に揺れて寄り道をしようと誘っているようだ。いや、ひょっとしたら、足を止めてみてくれと揺れているのかもしれない。けれどオレは足を止めない。小石の硬さを靴の底で感じながら、土の上を行く。踏みしめて行く。
 行く人も来る人もいない一本道を、風だけが静かに過ぎる。あのなだらかな坂を越えて行けば、この林が切れ、今度は畑が広がっている。一面に広がる緑を割って伸びる道の向こうから、誰かが左右に手を上げて振り、坂を駆け降りてきた。弾んだ声で名前を呼ばわり、楽しげに笑っている。
 自然、表情が緩む。
 このまま足を止めて君が傍に来るのを待とうか、それとも駆けて行って一秒でも早く君と出会おうか……。
 黒く小さな影だった君が、色を帯びて見慣れた姿になると、君の声で世界が輝き出す。
 他愛ない話をしながら隣にいる君と戻りの道を辿る。
 麦わら帽子の下、きっと顔中笑みで満たしながらいる君を、オレは不思議な安堵感で見つめている。
 遠退く蝉時雨に声を重ねて優しいメロディーを作りながら、君は心弾むような話をして髪に結んだリボンを風に遊ばせている。風に解かれる前にリボンを解いてしまうと、君は怒ったように唇を尖らせる。決して本気ではないとわかっているから微笑んでしまうと、君はますますむっとしてしまった。
 リボンを結び直して上げると、頬を染めて「ありがとう」と礼を言うから、オレはその頬にキスしたくなるんだよ。


 だから、いつまでも聴かせて欲しい。
 どんな音楽にも敵わない、そのメロディーを。





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