SS 15



「さあ、覚悟するんだな。オレはあいつらみたいに君に甘くはないよ」
「…………」
 ジリジリと下がるマリナを、シャルルはその歩数分ゆっくりと詰めた。余裕のために浮かんだ笑みを隠そうともせずにさらし、彼女の口をキュッと真一文字に結びつける。薄闇の中で見るその笑みは、どんな妖艶な美女でさえ敵わぬような怪しい美しさを持っていた。けれど、マリナの心は凍ったように固まって、声を上げることすら出来ないでいる。
「恐い?」
 艶笑と共に発せられた言葉は、甘く響いて闇に溶ける前にマリナの聴覚に滑り込んできたけれど、それはマリナの心を余計に騒つかせるだけで、彼女はシャルルがわざとそう言っているのだと確信する。
 後退りしていたマリナの足が何かにぶつかって、その歩みを止められざるを得なくなった。後ろに回っていた掌に、ひんやりと冷たい壁の感覚がして、後がないことに気付く。
「なんだ、もう逃げないのか? つまらないな」
 勝手にそんなことを言って、溜息をつく。マリナはムッとして眉をひそめたけれど、横を向いたシャルルには届かなかったようで、彼女は悔し紛れに舌を出した。その時ちょうどくるりと向き直ったシャルルに気付かれ、マリナは慌てて舌を引っ込める。
 笑って誤魔化そうとするマリナを、彼は肩に担ぎ上げた。まるで荷物を扱うみたいに軽々しく。
「覚悟は出来ているだろうな。行くぞ」
 抗議の声など全く無視をして歩き始めたシャルルの背に拳をぶつけながら、マリナはなおも声を上げて叫び続けたけれど、その声は長い廊下に彼等の姿が遠くなっていくにつれて小さくなり、やがて重厚なドアの向こうにその姿を消してしまうと、後はただだ静寂だけが残ったのだった。





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