SS 14



 高く、陽気な声で鳥が鳴いている。
 彼女は誰もいないのに忍び笑いをした。可笑しくてたまらない、といった感じだ。
 空はどこまでも青く、彼女が愛するふたりは今頃どうしているだろうかと考えるだけで、彼女の心も晴れ晴れしてくるのだ。ふたりに趣味が悪いと言われようが、構わない。結果が良ければ、誰も文句は言わないのだから。
 決して一筋縄ではいかない相手だから、その恋人も一筋縄ではいかない相手がちょうどいいのかもしれない。どこまで行っても手の届かない花だったなら、摘もうとは思わないだろうけれど、そうじゃないのだから。
 矛盾したものを受け入れて、欲しいと請い願うなら。
 風に揺れる白い花を見ながら、彼女は琥珀色の茶に口をつけた。

 静かな水面に小石が投げられたように、その時、大きな音を立てて部屋の扉が開かれ、賑やかしいふたりが、何とか制止しようとするメイドを振り切って入って来た。どちらかといえば、互いに相手に夢中になって他者にまで眼がいかないようだった。
 手を上げてメイドを下がらせると彼女はゆっくりと立ち上がり、ふたりを快く迎え入れた。
「マリナさん、シャルル、どうしたんですか?」
 そう言った表情も声色も優しいものだったが、何故かその声には聞き逃すことが出来ない響きがあり、ふたりはピタリと言い合うのをやめて彼女を見た。
「今日は確か、ふたりで市に行くと言っていませんでしたか?」
「そうよ。ちゃんと行って来たわよ、もちろんね。でも、途中で帰って来ちゃったのよっ!!」
 憤懣やる方ない、といった感じでマリナが息をついた。その横では、シャルルが呆れたようにマリナを見下ろしている。
「知らない男にホイホイとついて行こうとしていた、君が悪い」
「案内してもらおうとしただけじゃないっ。なによ、自分は人込みが嫌いだとか言って案内もしてくれなかったくせに!!」
 マリナは勝手に皿からブロンディーを摘むと一口頬張り、それっきり口を閉ざしてしまった。横に座ったシャルルの方を見ようともせずに、ぷいっと横を向いて黙りを決め込む態度だ。シャルルはシャルルで、マリナが手を伸ばして取ろうとしていたブラウニーを先に取り、素知らぬフリをして頬張った。むっと眉を上げるマリナに視線を合わせようともしない。
 彼女はそっと溜息をついた。
 まったく、ふたりとも大人気ない。
 静かに立ち上がると、彼女はふたり分の茶を淹れに影の中に避難した。眼が慣れるまで少しだけ時間を要したが、それは風が流れるように過ぎて行き、やがて色を取り戻した視界に映ったのは、楽しそうに喧嘩をするふたりの姿だった。
 彼女はまた忍び笑いをした。今度こそ、彼等に気付かれないように、そっと。
 賑やかな尖り声も静かなる怒気も吸い込んで、尚も青く空は輝き、そよぐ風が彼女の密かなる笑みを隠してざわめく。
「お茶が入りましたよ」
 彼女の澄んだ声が高く響いて空に吸い込まれた。





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