SS 13



「ぎゃぁああぁああぁあっ」
 突然、長閑な朝のまどろみを切り裂いて、女の叫び声が上がった。
 正直言うと、あまり“女の子”とは呼べない叫び声だ。
 けれど、毛布を蹴ってその声のした方へ駆けて行く。自分は寝起きでこんなに俊敏に動くことが出来るのかと、頭の隅で冷静に考える。何故だろうかとも考え、その答えにふっと気が緩む。だがそれはほんの一瞬の出来事で、次の瞬間からはあらゆる危険の対処法を思い浮かべていた。
「マリナっ!!」
「きゃあっ、しゃ、しゃ、シャルル!?」
 名前を呼び合うところは実に感動的だと思うが、その前に付いていた「きゃあっ」が気になる。「きゃあっ」とはなんだ。助けに来た人間に向かってそれはないだろう。
「シャルル、入る時は必ずノックをするものですよ」
 心情を察したらしい従妹が、苦笑い交じりに口を挟む。
「あんな叫び声をあげられたら、とても冷静じゃいられないね。煩すぎる」
「それで慌てて飛び起きて来たんですか。結構心配性なんですね」
「ああ、まさか、君に襲われているとは思わなかったよ」
「ええ、私も、あなたがこんなに堂々と覗き見する方だったなんて思いませんでした」
 そう言われてマリナを見ると、彼女は頬を赤らめて従妹の背中にパッと隠れてしまった。胸元に手繰り寄せたシャツをギュっと握りしめられると、何故だか悪いことをしている気持ちにさせられる。
「シャルル、いつまでマリナさんの裸を見ているつもりですか?」
 いつまでも見ていたい、と言ったら彼女はどうするだろう。
 クスリと笑みを漏らすと、彼女達の反応は様々だった。ジルは眉根を寄せて眼を細め、マリナはキョトンとした顔を覗かせている。その可愛さに免じて、今回は言わないでいて上げよう。
「今の姿も充分魅力的だけど、もう少し色気のある下着だと良かったのにな、と思ってね」
 そう言うと、赤くなるでもなく、何故か考え込む仕草をした彼女は、眉根を寄せたまま口を開いた。
「色気のある下着って、たとえば、どんな?」
「そうだね、有名なところではシャネルの――」
 そこまで言った時、ジルに睨まれた。
「シャルル、マリナさんに風邪をひかせたいんですか?」
「……冗談。退散するよ」
 両手を上げて降参のポーズをとると、マリナだけが不思議そうな顔をしていた。どうやら、何も気付かなかったらしい。
 後ろ手にドアを閉めながら、ホッと息をつく。彼女が無事でよかった。何にもなくてよかった。そう思う。
 ――それは、長い長い一日のはじまり。
 そこから楽しく賑やかな日が始まるのだったら、もう少し眼を開けて起きていてもいい。





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