SS 12



「メーデーって最高よねっ!」
 と、彼女は言ってニッコリと笑った。
 それは彼女によるひそかな要求なのではないかと思った。4月最後の日。

 この日、街はどこも皆、ゴーストタウンの様相を呈する。
 その代わり、街は白い花であふれる。一列に並んで小さな花が咲いているのを見ると、春だという気持ちが湧いてくる。じっとみていると、老人がひとり、路上の花売りに花束を買い求めにやって来た。おそらく、婦人に送るのだろう。
 そんな風景を見ながら小さな花束を手に、カツンカツンと靴音を響かせ、私は一歩ずつ彼女のアパルトマンに向かうことにした。


「マリナさん、今日はこの白いワンピースを着て下さい」
「別にいいけど……、何かあるの?」
 私からのプレゼントですよ、とジルは微笑みを浮かべ、それ以上は何を聞いても絶対に答えてくれなかった。こういう時のジルって、必ず何かを隠しているのよね。しかも、それを誰にも漏らさずにひとりでやり遂げてしまうんだから、情報がまったくないのよ、判断に困るわっ。
 でも結局、あたしはジルに急かされて、ワンピースを着るハメになってしまったのだった。
 ――ああ、もう、何が起こってもいいわ。来るなら来い、よ。今何を心配していても意味ないもの。その時になったら考えようっと。
「今日は何の日か、マリナさん、知っていますか?」
 キャラメル風味のカフェ・オ・レを飲みながら、ジルがそんなことを切り出した。あたしは首を傾げながら、メーデーでしょ、と答えた。はて、他に何かあったかしら?
「そうです。メーデーです。ですから、今日一日はどこに行っても、どの店も開いていないと思って下さい」
 げっ、ウソでしょう!?
「こんなことで嘘をつく必要はないでしょう。本当です」
 悶々と考えては項垂れるあたしを見て、ジルはクスリと笑っただけで、それ以上は何も知らないふりをしてくれた。
「では、私はそろそろ退散しますね」
 そう言って、ジルは思い悩むあたしを置いて帰ってしまった。
 ……もうちょっと、突っ込んで聞いてくれてもよかったんだけど……。
 こんなに悩んでいるのにどこにもいけない事実を抱え、あたしは彼にあんなことをいうんじゃなかったなぁと、少しだけ後悔した。でも、彼のことだから、この休みを利用して本でも読んでるんじゃないかしら。せっかくの休日だもの、どこにも行けなくても、彼の好きなことに時間を使って楽しんでいれば、それでいいわ。
 そう考えて、その問題に終止符を打つと、ジリリとドアのベルが鳴って来客を告げた。
「はいはーい」
 ガチャっとドアを開けると、ふっと風に乗って清楚な匂いが鼻をかすめた。
「こんにちは、マリナちゃん」
 ふっと花がほころぶように笑う客人に、あたしは驚いた。彼はそっと持っていた小さな鈴蘭の花束を差し出し、この休日の日を、何故かあたしと一緒に過ごしたのだった。





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