宵は静かにやって来て、部屋を紺碧のベールで覆う。
昼間までの賑やかさはどこへ行ったのか、今はただコトリとも音のしない深海にいる感じだ。部屋の明るさも広さも変わらないのに、彼女がいないだけで全てがまるで違う。
普段なら気にも留めない無機質で単調な音が耳に入ってくる。そのせいで時間がいつもの倍の長さで流れていることに、彼は安堵とは程遠い感情を覚えた。
(もう眠ってしまおう)
そう考えて実行するまで、時間はかからなかった。
パチンと電気を消して、暗い部屋を振り返る。静まり返った部屋。心の奥から、何か物足りないという声がする。
戻って来る訳ないじゃいか。
心の声に反発して、彼はドアを閉めた。廊下から漏れていた光りが徐々に細くなってふっつりと消えてしまう様を、彼はもう見ようともしなかった。
寝室に向かおうとした時、彼の耳にブザー音が届いた。繰り返されるその音に不信感を抱きながら玄関に向かうと、彼はロックを解除してその扉を何の躊躇いもなく開けた。
そこにいたのは見慣れた姿でたたずんでいる、ひとりの女の子だった。どうしたの、と彼が問うと、彼女は拗ねた様子で短く答えた。
「追い出されたのっ」
口を尖らせ、下から睨みつけられた彼はたじろぎと悦びを沸き上らせたが、彼の整った顔立ちに表情として表れることはなかった。けれど、ひと言でも声を上げてしまっていたなら、それが震えとして表れていただろう。
「もう帰っていいって言われたのよ、失礼だと思わない!?」
その言葉に隠された彼女の気持ちに、彼はようやく表情を動かした。
「それじゃ、仕方ないね。中に入りなよ」
「うん、ありがとう」
ころりと機嫌を直して笑顔を見せた彼女に、彼は招き入れながら輝く光を見た。足りなかった何かが悦びと共に戻ってくるのを、彼は微笑しながら迎え入れたのだ。
「何なら、ずっとここにいても構わないよ?」
そう言うと、彼女は顔だけくるりと動かして振り返り、べえっと舌を出す。
彼は軽く笑ってそれを許し、先頭を行く彼女の後を追った。
「おかえり」
「ただいま!」
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