SS 08



 あっちへウロウロ、こっちへウロウロ。行ったり来たり。
 彼女には、私が見えているのだろうか?
 誰彼構わず話しかけてくる人間をあしらい、必死に追ってくる目線を合わせないようにする。本来ならこんな会になど出はしないのだが、彼女に付き添う形で出席をした。彼女の危なっかしさは今も昔も変わらない。そう思ってきたのに、彼女は自由気ままに動き回る。最初にした約束なんて頭の隅にも残っていないのだろう。だが、彼女に対して多少の免疫を向こうも持っていたらしく、心配するほど迷惑な事態にはなっていないようで安心する。
 となると、後の問題は私自身にある。
 いい加減うんざりしてきた。
 せめてマリナが横にいてくれたら、そんな疲れも少しは紛れるのに。
 彼女はさっきから全種類を制覇しようとでもいうように、料理を手当たり次第にフォークやスプーンでとっては口に運んでいる。その内の気に入ったものをどうやら皿に盛っているらしい。まったく、マリナらしいったらない。
 人込みから離れた場所に移動すると、少し開いた窓から入った夜風が頬に当たって気持ちよかった。
 ただ、彼女の小さい姿がすっかり人込みの中に紛れてしまって見当たらないことが心配だ。給仕に迷惑をかけていなければいいが……。
 しばらく目蓋を閉じてレコードを聴いていると、ふわりと薔薇の香りがして眼を開けた。
「あ、起きてたんだ。よかった。寝てるのかと思ったわ」
 にっこりと笑って、少し着飾ったマリナが当たり前のように隣に座った。その胸には、庭で摘んだベージュピンクの薔薇が飾られている。ふわりと浮いていたリボンが元の位置に戻った。従妹の手で作られたコルサージュは、彼女をより女性的に見せるのに実に効果的なようだ。
「はい、これがシャルルの分ね。食べるでしょ?」
「ありがとう。……でも君は向こうでみんなと一緒に食べてきたら」
 そう言うと、彼女は振り返り、不思議そうな顔でこちらを見つめ返して口を開いた。
「……だって、シャルル、あたしのことずっと呼んでたでしょ?」
「…………」
「だからこうして、急いでおいしいお料理をとってきて上げたんじゃない」
 私がまだ次の言葉を探していると、マリナは構わずニコニコと微笑みを浮かべ、
「さ、一緒に食べましょ!」
 と、本当においしそうに料理を食べ始めたので、私もそんな彼女の横で同じ料理にフォークを突き立てた。この料理がおいしく感じられる理由の3分の1ぐらいは、隣にいる彼女のおかげだと思っている。





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