SS 07



 数分前まで、オレはひとりでティータイムをとっていたマリナの相手をしていた。ひとりじゃ味気ないと言いながら、オレが来た時には、ひとりでほとんどのお菓子を食した後だった。
「味気ないって、きっちり食べてるじゃん」
 怒り半分、呆れ半分でそう言うと、マリナはあははっと笑い出した。
「気持ちは食べても味気ないって思ってるけれど、手は勝手にお菓子を掴んでるのよね。不思議、不思議」
「どこがだよ。ただ単に、マリナの食い意地の方が勝ってたってだけだろ」
「あっ、言ったわねぇ。そんなこと言ってると、残りのお菓子、あんたに分けてやんないわよっ」
「……ソレ、姉さんが作った奴でしょ」
 そのお菓子の味なら、否という程知っている。そこに至るまでに、何度も何度も失敗しているのだ。岩のように硬いクッキーだという代物も目にしたし、デコボコな形のチョコレートみたいなものも見かけた。黒焦げになって、ほとんど炭と化した、何だかわからないものの味を見ろと言われたこともある。
「マリナ、その味や形、色艶に行くまでに、姉さんはたくさん努力したんだぜ。決して手を抜かなかった。形も残らないけど、そこには、姉さんの努力が詰まってる。マリナさんに上げるんだって言って、頑張ってたんだぜ? それ全部、あんたが食べてやってよ」
 なんとか必死で遠慮し、大袈裟ともいえる芝居をすると、マリナはあっさりとそれに乗ってきてくれた。……流されやすい性格なのかもしれない。
「ううっ。あんた、お姉さん思いなのね。あんたなら、女の子からもらったお菓子もきちんと食べそうだわ」  マリナは、一体、誰と比較して言っているのだろう。
 ……一瞬だけ考えたけれど、嫌な奴の顔しか浮かばなかった。慌てて思考を中断させ、オレはマリナを見た。ぱりぽりとクッキーをかじりながら、ふうっと溜息をついている。
「あ、そうだ、ねえ、ペピートは今、好きな子とかいるの!?」
 悩んでいたかと思えば、すぐに顔をきらめかせ、マリナは前のめりになってオレの顔を覗き込むようにして見つめる。茶色の瞳に、好奇心いっぱいの色を混ぜて。
 どうして女は恋愛話になると、こうも生き生きするのだろう。
「いないよ、そんなの」
 素っ気なく答えると、マリナは悪戯っぽい眼をしてオレに詰め寄ってきた。
「ホントにぃ? よかったら、色々と相談に乗って上げるわよ?」
「いないって、言ってるだろっ」
「あら、本当。モテそうなのにねぇ」
「しつこいっ!」
「君達は本当に仲が良いね」
 ギャアギャア言い合っていると、いつの間にそこにいたのか、シャルルが腕を組み、いつもの物憂げな瞳をきらめかせ、軽く壁に背を預けながら、彼はオレたちをじっと見ていた。
「シャルル! いつからいたの!? 突っ立ってないで、声くらい掛けてくれればよかったのに」
「一応、入る時に掛けたんだけどね。君は、ペピート君との会話で聞こえないみたいだった」
 オレはペピート君と呼ばれたことに恐怖を感じて、凍りつきそうになった。気色悪い。
「じゃあ、オレはこれでもう帰るから」
 この恐ろしく綺麗な顔を持つ兄弟を、オレは毛嫌いしている。何故か。彼の弟の第一印象が問題だと思うが、とにかく、嫌いなのだ。同じ顔付きでも、ジルとはまったく違う。
「残念。また今度、話をしましょうねっ!」
 わざわざ振り向いて舌を出すと、マリナは無邪気に笑いながら手を振った。
 シャルルとすれ違う前から、彼を見ないようにして通り過ぎようとした。会釈だけはして、それで退室すればいいだけだった。けれど、その時、彼の方からぼそりと囁かれたその静かな声で、出て行こうとする足を止められてしまったのだった。
「これ以上マリナに近付くと、火傷するよ」
「……どういう意味ですか」
 彼の言うことがわからず、そう答える。
「そのままの意味だけど。気付いてないなら、そのままでいると良い」
 気付いていない? 何に。
 けれど、その考えも、妙に頭に来るシャルルの言い回しのせいで吹き飛んでしまった。何故この兄弟の言い回しはこうも勿体ぶっていて、むかつくのだろう。
「それは、マリナの保護者としての言葉?」
 どうにかこうにか怒気を抑え、それでもオレはシャルルの顔を睨み付けながら皮肉を言った。するとシャルルは以外にも、ふっと、怒りを帯びることなく微笑し、その冷たく光る青灰色の眼を伏せたのだった。
「いや。先輩からの忠告だよ」
 オレが驚いて、返す言葉もなくポカンと彼を見つめていると、シャルルはゆっくりと眼を上げてオレを見、そして、言った。
「ペピート君」
 その言葉に、今度は激しく怒りを覚え、オレは勢いのままにその部屋を後にした。
 火傷なんか恐くない、と罵りながら。





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