SS 06



 朝、7:32。

 カーテンの向こう側から、今日1日の始まりを告げる日差しが緩やかに部屋を満たす時。
 部屋はカーテン1枚で外の世界からは切り離され、静かな時をゆっくりと部屋で眠るものに与えていた。薄暗い部屋の中で、小さな呻き声が上がる。
「う…ん……」
 息苦しそうな声を出して寝返りを打つと、彼女は重い目蓋を薄く開いた。軽くやわらかい毛布にくるまっているはずなのに、何故か妙に狭苦しい。
「…………」
 そこには、見慣れた白金髪の中に埋もれるように眠る、白皙の美人が自分のすぐ横にいるように見えた。同色の長い睫の下には、星の瞬きにも似た、冴えた青灰色の眼があるはずの人物である。整った鼻筋を辿っていけば、薔薇色の唇が皮肉な言葉を発することもなく閉ざされている。
 霞んで見えるとはいえ、彼女の眼は確かにその人物を捕らえていた。しかし――。
 幻影だわ……。
 そう決めつけ、彼女はもう1度目蓋を閉じ、再び反対側に寝返りを打った。けれど、人の気配と遠退く眠気に、彼女はまたうっすらと目蓋を開けた。
「…………?」
 同じものが、見えた。
 薄暗いために鈍い色をして見えるけれど、それは確かに白金色の長い髪だ。この繊細さを残す眉目に似合った髪。それが、また、目の前にある。
「…………っ」
 ――おかしいでしょっ!?
 ガバッと上半身を起こして左右を確かめるように見れば、同じ容貌を持つふたりが、そこですやすやと心地よさそうに寝入っていた。
 な、なんで……。
 言葉をなくして止まりそうになる頭を回転させようと、彼女はゆっくりと昨晩のことを思い出してみた。けれど、そのどこにも、自分がこういった悪夢に苛まれるような出来事はひとつもなかった。どころか、気持ちよく眠りについたはずである。ひとりで。
 心配事を確認するように、確かめずにはいられない気持ちも手伝って、彼女はそっと毛布を捲り上げてみた。  自分はちゃんと寝る前に来た格好と同じ。取り合えずホッと息をつくと、恐る恐る左右を見る。急いでふたりに毛布を掛け直すと、彼女はベットの上で座り込んでしまった。どこからか青色のカードを取り出すと、バラッとそれを扇状に開く。カードの真ん中に、大きく文字が書かれていた。

 【シャルルと寝る】
 【ミシェルと寝る】
 【ふたりと寝る】


 しかも、太文字だ。
 瞬時に、それぞれのカードの様子が彼女の頭の中で再現される。
 どーするの、あたし。どーするの、あたしっ!?

「……って、この3枚しかないのっ!?」
 しかも、どっちがどっちなのよ、と彼女は呟いた。






 乱暴にそのカードを片付けると、彼女はふんっと息をついた。
 カードの選択肢が3つしかなくても、自分の中にはもうひとつ選択するものがあるわよ、と息巻く。
 素早く眼鏡をかけると、赤ちゃんがハイハイをするようにそっとふたりの間を通り抜けようとした。が、次の瞬間、左右からギュッとパジャマの裾を握られ、バランスを崩した彼女は見事に顔面を毛布に埋めることになってしまったのだった。
「やあ、マリナちゃん、どこに行くつもり?」
「まだ起きる時間じゃないぞ」
 にっこりと笑みを見せるふたりに、彼女は振り返りながらぎこちない笑みを返した。
「……あっ、ちょっと、トイレ……」
 言い訳をつけて逃げようとする彼女から眼を離すことなく、ふたりは彼女の言葉を切って捨てた。
「嘘だな」
「嘘だね」
「では、もう一眠りしようか」
「ね、マリナちゃん?」
 こんな時だけ仲の良さを発揮する双子に両腕を捕らえられ、彼女はずるずるとベットの真ん中に引き戻されてしまった。ふたりの片腕だけで拘束されると、先程よりもずっと密着した格好で彼女はふたりと一緒に寝ることになったのである。





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