SS 04



「シャルル、この後時間ある?」
 彼の数少ない友人のひとり――カークは、侮蔑の色を隠そうともしないで会議室から出てきた麗人を捕まえ、取り直すように、けれども親しげに話しかけた。
 彼が出て来た会議室に意識を向ければ、騒然となった議場から数人の声高な罵声が漏れ出ていた。……内容は、聞かなかったことにする。
 苦笑いしつつ、頭の中に「会議は踊る」という言葉が浮かんだことは、同僚達には内緒にしようと思った。
「私より、君の方が時間がなさそうに見える」
「昨日までは、そうだった」
 チラッと横目でカークの姿を確認すると、シャルルはわずかに気を緩めた。
「久しぶりに、飲みに行かないか?」
 ざわざわと騒ぐ他人を気にした様子も見せないふたりの後ろ姿を、通り過ぎた人々が関心を持って聞き耳を立てる。
「残念だが、この後は猫に餌をやる予定だ」
「へえ」
 自分より猫。その事実を知らされても、カークは怒りもしなかった。
「どんな猫なんだ?」
「ドラ猫」
「……シャルル、どこかで拾ってきたのか? 珍しい」
「まさか。ある日フラリとやって来て、いつの間にか居着いてしまったのさ」
 考え込む様子を見せたカークに、シャルルはヒントを出す。
「日本産だ」
「――毛色は茶色かっ?」
「ああ、そうだ」
 笑みを含ませ、軽く頷くシャルルの横顔に、カークは出会ったばかりの頃の彼の姿を見た。
 もう2度とこんな風に笑うことはないだろうと思っていた……あの頃の。
「今度、会わせてくれ。お土産はいるだろう? 何がいいかな。チョコレートにしようか?」
「カーク、与えすぎは良くないぞ」
 何故か少々むっとして、シャルルが口を開く。
「わかってるよ」
 そのままふたりは楽しそうに壁の向こうへと消えて行き、後に残ったのは、あのシャルル・ドゥ・アルディが、日本産の茶色い猫に夢中だという、嘘とも誠ともつかない噂話だけだった。

 ――それから数日後、カークはその猫に会いに行き、飛びつかれて赤面するという事態に陥ることになる。





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