木漏れ日の中で




 それまで眠っていたように静かだった木々が、一斉に芽吹き出す。薄い緑に光が透けて、色彩豊かに色をきらめかせる。あっという間に春めくその様子に、この国の人々を思う。それはまるで、ずっと春を待っていた人々のようなのだ。淡い華やかな光で街が彩られると、こちらも何故かソワソワと湧き立つ感情が溢れ出そうになる。
 森の近くだからなのか、鳥達のさえずりがあちらこちらで鳴り渡る。それは何よりも優しいBGMになって、木漏れ日のように降り注ぐ。穏やかな時間が、そこにあった。
 静かな雰囲気を楽しむように、美馬はまたひとりで、すっかりお気に入りになってしまった木の下のベンチで読書をしていた。古い紙質の感触を指に馴染ませながら、乾いた音を立ててページを捲る。
 再び静かになったその場所に、シャープペンシルを走らせる音が軽く響いた。
 すらりとした長身と逞しい体躯を持つ美馬の横に、小さくてコロコロした女の子がいて、一心不乱になってノートに何やら文字を書き込んでいたのだ。ふたりはそれぞれ別のことをしているのに全く違和感なく、自然な空気を漂わせながら隣に座っていた。


 しばらく時間が経ってふと気が付くと、彼女が頭を前に垂れて微睡んでいた。
 ふっとこぼれた美馬の笑みに、邪気はない。
 腕と腕が密着し、わずかな重みが押し付けられている状態にもかかわらず、それが何故かうれしい重みだと思い、不快には感じなかった。自分以外の体温が、酷く心地良いとすら感じられた。
「誤解されるよ?」
 サラサラと葉と葉が擦れ合う音のようなささやかさで美馬はそう呟いたけれど、返事は返ってこなかった。
 だから美馬はクスクス笑いながらも、彼女をそのまま肩に寄り掛からせたままにしておいた。見れば、彼女はきちんとやるべきことをやってから眠ってしまったみたいだから、気が抜けたのに違いない。
 空がカラリと晴れて明るく、風が運んでくる空気も申し分なく、気持ちのいい麗らかな日の眠りは、誰にとっても至福だろうから。



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