かいぬしのへんかにびんかんです



 バタンと音がして、カツカツカツと床に響く足音。
 ノートから顔を上げれば、シャルルが艶やかな白金の髪をなびかせて通り過ぎるところだった。マリナが自分を待っていたことくらい、知っているにもかかわらず。
 それなのにマリナは、そんな冷たい男の後ろ姿を、ほとんど駆けている状態になりながらも追い掛けた。追いつき、横に並んでも、マリナは何も言わなかった。呼吸が乱れているからだけではないと、シャルルに伝わっているかどうか怪しかったが、彼も何も言わなかった。
 規則正しい足音と、それに付き添うように続く足音が長い廊下を渡る。
 レディーファーストはどこへ行ったのか、シャルルはマリナを優先する素振りも見せず、部屋に入るとひとり掛けの椅子に身を沈め、ドカッと足を投げ出した。長い溜息とともに全身の気を抜き、だらしなく重力に身を任せる。
 マリナはぎこちない手付きで紅茶をふたり分用意し、セットしてあったリンゴのタルトを出してシャルルの前に置き、自分は少し離れた場所に座ってそれをうれしそうに頬張った。
「マリナ……」
 しばらくすると、シャルルが気だるそうに動く気配を見せ始め、マリナの名を呼ぶ。
 マリナはフォークを握る手を止め、普段と同じような態度でシャルルの呼び声に応える。
「なぁに?」
「レモンをくれ」
「はいはい、レモンねっ」
 どことなくうれしそうにレモンを用意するマリナに眼を向けず、シャルルは紅茶をひと口含んで唇を湿らせると、大きく切ったタルトを食べた。ゆっくり噛み、舌で味を確かめ、ゴクンと呑む。その頃にはちょうどマリナがレモンを用意し終わっているので、それを琥珀色の紅茶に入れて、レモンティーが出来る。
 マリナは再びフォークを持ってタルトを口に運び、本当にうれしそうにタルトを味わう。

 そうしてふたりはしばらく無言のまま、そのおやつの時間を共に過ごしたのである。





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