かまいすぎるのはよくありません



 彼女のことが心配だというのは、誰の眼から見ても明らかだ。
 まるで文化が違う世界に放り込まれた彼女が、迷惑をかけたり、誤解を生んだりしないように、そして傷ついたりしないよう努めている。そうしてそれを、彼女も良くわかっている。けれど、妙に納得できない部分もあるのは確かなことだった……。

「だから、そこまでしなくてもいいって言ってるでしょうっ」
 ひそひそと、しかし、わずかに高いトーンで言って、彼女は身をよじった。
「そうはいかないだろう。エスコートを任された身としては、君を野放しには出来ないよ」
 彼は逃がさないとでもいうように、彼女の肩を抱く手に力を入れた。胸と肩が密着して、彼女の体温が一気に上がる。感覚がないはずの髪の先に彼の吐息がかかり、彼が身を屈めたことがわかって、彼女は緊張に身を固めた。
「それにほら、こうしていたら他の人間が寄って来にくいだろう?」
「……つまり、あたしは、あんたの女除けに使われてるってことね!?」
「そういう考えも出来るね」
 振り仰いで不服そうな顔をする彼女に、ふっと笑みをみせながら彼は答えた。決して断言した訳ではないのに、彼女はその答えをすっかり肯定として捉えたようで、ますます顔をしかめながら何やら考え始めてしまった。やっぱり納得がいかないなどと、ぼやいている。
「ほら、マリナちゃん、ローストビーフ。ローストが嫌なら蒸し煮を取ってこようか?」
「いーえ、両方いただくわっ!」
 答えてからしまったという顔をした彼女に、彼は満足そうに頷くと、揚々と料理を取りに行った。頭を抱える彼女を置いて。けれど、彼女は立ち直るのは早い。自分が知らない誰かから羨まれる対象になろうとも、食欲の前では全て小さな悩みになってしまうのだ。
「マリナ……飲み込む前によく噛んで。それから、あまり大きな口で齧り付こうとするんじゃないよ。ああ、駄目じゃないか、ちゃんとグリンピースも食べなきゃ。いつも言っているだろう」
 そう言って彼女の口の横についていたホワイトソースを指で拭ってやり、自分の口元に運ぶ。その白い指先が薔薇色の唇と重なった瞬間、彼女はカッと耳まで赤くなって叫んだ。
「シャルルっ!!」

 彼女のことが心配だというのは、誰の眼から見ても明らかだ。けれどそれは、彼の行動理由の全てではない。一部にすぎない。彼女が知る由もないその理由は、彼と彼女の関係をずっと注意深く見ていた、周囲の男性のみが知ることだった。





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