まだ彼女のにおいがかすかに残る部屋で、だらけ切った情けない人物がひとり。
澄ました顔をして、何とも思っていないような態度で、大人ぶって、子供のようになりきれなかった哀しい大人がひとり、自分の感情を持て余して、傷付いて、横たわっている。
「悔しいですか?」
湧き出す泉のような表情は、今はその面影すらなくなって、凍った表情が張り付くのみ。
「哀しいですか?」
何かを新しく始める元気もなくて、ただ漫然と過ぎて行く日々を送っている。
「辛いですか?」
同じような毎日が続くのを疎ましく思っている。
一々何か感情を返すことも煩わしいと思っている彼に、ひとつずつ簡単な質問を続ける。友人が残して行った言葉はたったひと言、“彼のことをよろしくね”。だから彼女は、彼女なりの優しさでそれを実行している。この様子を友人にも見せてやりたいと思いながら、彼女は優しい声音で言葉を紡ぐ。
「追い掛けて行きたかったですか?」
捨てられた猫よりもたちが悪い人物に、愛想を尽かすことなく繰り返す日々。
「引き止めたかったですか?」
そんな日々の日捲り。一枚の厚さが重みを増したのがハッキリとわかるのは、捲る瞬間だ。
――ああ、早く帰って来て下さい。
――誰も彼もが生気を欠いたように元気をなくしているのです。
「恋しいですか?」
そうして、何もかもがあっという間の出来事だったのだと、笑い飛ばして欲しい。
生きることに前向きで貪欲な、あの笑顔が懐かしい。
澄ました顔をして、何とも思っていないような態度で、大人ぶって、子供のようになりきれずに、残された場所に佇んで、傷付いていないフリをして、ひとりぼっちだなんて勘違いをしたまま、ただただ帰りを待つ哀しい大人がここにひとりいます。
なんて面倒で厄介な忘れ物を、あなたは残して行ったのでしょう!
「寂しいですか?」
「……ああ」
どうぞあなたも、私達のことを思い出して、恋しく、悲しく、寂しく思って下さるとうれしいのですけれど。
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