だっそうにきをつけましょう



「ばかっ!!」
 怒ったような困ったような顔をして、彼女は去って行った。

 ――それから数日後。
 避けられている事実に直面した。
「べ、別に、避けてなんてないわよ。勘違いじゃないの?」
 言って、マリナは視線をついっとそらせる。ズズズっと音を立てて熱いお茶を飲むのは、誤魔化すためではないのか。
 覗き込むように前屈みになれば、テーブルの向こう側にいるというのに、その距離でさえも離そうとする動きを見せる。私がわずかに歪めた表情に気付いたのだろう。その時、マリナの隣にいたジルがパンッと手を打った。
「そうそう、今朝作ったお菓子を持ってくるのを忘れてしまいました。私、取りに行って参りますね」
 ニッコリと笑って立ち上がろうとするジルより先に、マリナが立ち上がった。そして、焦ったように口を開く。
「なにを言い出すの、ジルったら。そんなのあたしが取ってくるわよ。ジルはゆっくりお茶飲んでてよ。ねっ」
「まあ、そうですか? ありがとうございます。私の部屋のテーブルに置いてありますから、わかりやすいと思いますよ」
「わかった。じゃあ、行って来るわね!」
 嬉々として部屋を出て行こうとする彼女にかける言葉が見当たらず、黙って見送った。そうして下りた沈黙に、ジルも沈黙して従う。
「……何故マリナを逃がした?」
 静かにそう問えば、ジルは飄々と答える。
「逃がしたつもりはありません。むしろ私は、ふたりっきりにして差し上げようとしたんですよ?」
 そうだ。それを嫌がって逃げたのはマリナだ。
 ――けれど、それを許して逃がしたのは、ジルだ。強引にでも引き止めて自分が取りに行くと告げれば、マリナは出て行かなかった。
「逃げられるようなことをする方が悪いんじゃありません?」
「脱走には充分気をつけている。鍵を外してしまう人間がいることが最近の悩みだね」
「定期的に遊ばせて上げないとストレスが溜まってしまいますよ? 気をつけて下さいね」
「言われるまでもない」





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